10-5 東國の朝集使を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第五段)(大化二年三月 日本書紀

其阿曇連所犯者、和德史有所患時、言於國造、使送官物、復取湯部之馬。其介膳部臣百依所犯者、草代之物、收置於家、復取國造之馬、而換他馬來。河邊臣磐管、湯麻呂兄弟二人亦過也。

【謹譯】阿曇連あづみにむらじおかところは、和德史わとくのふひとわずらところあるときに、國造くにのみやつこひて、官物かんぶつおくらしめ、湯部ゆ べうまる。すけ膳部臣かしわでのおみ百依ももよりおかところは、草代くさしろものいえおさき、國造くにのみやつこうまり、うまへてきたる。河邊臣かわべのおみ磐管いわつつ湯麻呂ゆ ま ろ兄弟きょうだいにんまたとがあり。

【字句謹解】◯和德史 これは名がけてゐる。百濟人くだらびと和德わとくのちで、『日本紀しょくにほんぎ』の神龜しんき二年六月には、和德史わとくのふひと龍麻呂たつまろなどに大縣史おおあがたのふひとせいたまはつたよしが見える ◯患ふ所 病氣びょうきになる。この事件は個人としての病氣びょうき見舞みまい官物かんぶつを使用した罪である。る人は和德史わとくのふひと病氣びょうきになつたのをさいわいとして、その所有物を官庫かんこに納めてしまつたとく。いずれにしても罪であることにかわりはない ◯湯部の馬 皇室の御浴料田ごよくりょうでんに耕す人々の馬のこと、これも國造くにのみやつこに命じて奪つたのであらう ◯草代の物 調ちょうとして朝廷に差し出す草のこと、これを自己の家にとどめて私有した罪である ◯他の馬 價値か ちおとる馬であることは言ふまでもない。

【大意謹述】次に阿曇連あづみのむらじが犯した罪は、和德史わとくのふひと病氣びょうきを見舞ふために、國造くにのみやつこに命じて勝手に官物かんぶつ費消ひしょうし、更に皇室の御浴料ごよくりょうの田に働く人々の馬をも奪つた。その次官じかんである膳部臣かしわでのおみ百依ももよりが犯した罪は、調ちょうとして皇室にたてまつる草を自己の家にとどめて意のままに使用したり、國造くにのみやつこが所有する馬を奪つて、劣等な馬にへてもどした。河邊臣かわべのおみ磐管いわつつ湯麻呂ゆ ま ろ兄弟もまた罪がある。