10-3 東國の朝集使を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第三段)(大化二年三月 日本書紀

其巨勢德禰臣所犯者、於百姓中、每戸求索。仍悔還物、而不盡與。復取田部之馬。其介朴井連押坂連二人者、不正其上所失、而飜共求己利。復取國造之馬。臺直須彌、初雖諫上、而遂倶濁。凡以下官人、咸有過也。

【謹譯】巨勢德禰臣こせのとくねのおみおかところは、百せいうちいて、戸每こごともとふ。りていてものかえす、しかことごとくはあたへず。田部た べうまれり。すけ朴井連えのいのむらじ押坂連おさかのむらじにんは、かみあやまてるところたださずして、かえつてともおのもとむ。國造くにのみやつこうまれり。臺直須彌うてなのあたいすみはじめはかみいさむといえども、ついともけがる。およ以下い か官人かんじんとがあり。

【字句謹解】◯巨勢德禰臣 この人に就ては『集解しゅうげ』に巨勢德陀古こせのとくたこの親族かとあるのみで、は何も分からない ◯田部の馬 皇室の御料田ごりょうでんを耕す人の所有してゐる馬 ◯朴井連 でん未詳みしょう ◯押坂連 『皇極紀こうぎょくき』三年に、雪から生じた紫のきのこを煮てべて無病長壽ちょうじゅを保つたとある。系統はつまびらかでない ◯臺直須彌 かん釋吉王しゃくきつおう後裔こうえいだと『姓氏錄せいしろく』にある。

【大意謹述】次に巨勢德禰臣こせのとくねのおみの犯した罪は、前の穗積臣咋ほづみのおみくいと同じであつた。すなわち、官吏かんりの身分を利用して國民一般から、家每いえごと物貨ぶっか徵發ちょうはつし、一その行爲こうい後悔こうかいして物をもどしたが、わずかな人々にもどしたのみで、大部分は著服ちゃくふくしてゐる。更に德禰臣とくねのおみは皇室の御料田ごりょうでんに働いてゐる者の馬を奪つた罪もある。その次官じかんである朴井連えのいのむらじ押坂連おさかのむらじの二人は、長官のあやまちを正さないで、自分等も共に利を求めることばかりに夢中になつてゐる。この者共ものども國造くにのみやつこの馬を奪つた罪が加はる。臺直須彌うてなのあたいすみは、最初の間こそ長官の不正をいさめてゐたが、のちには心境の變化へんかきたして、自分もそれと共に罪を犯すやうになつた。この報告に接すると、それ以下の官吏かんり一般のすべても、何處ど こかに敎戒きょうかいそむいてゐるに相違そういない。