10-2 東國の朝集使等を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第二段)(大化二年三月 日本書紀

今、問朝集使、及諸國造等。國司至任、奉所誨不。於是朝集使等、具陳其狀。穗積臣咋所犯者、於百姓中、每戸求索。仍悔還物、而不盡與。其介富制臣巨勢臣紫檀二人之過者、不正其上云々。凡以下官人、咸有過也。

【謹譯】いま朝集使ちょうしゅうしおよもろもろ國造くにのみやつこふらく。國司こくしにんいたりて、おしふるところたてまつるやいなや。ここいて朝集使ちょうしゅうしつぶさありさちんす。穗積臣ほづみのおみくいおかところは、百せいうちいて、戸每こごともとふ。りていてものかえす、しかことごとくはあたへず。すけ富制臣ふせのおみ巨勢臣こせのおみ紫檀したんにんとがは、かみたださず云々うんぬんおよ以下い か官人かんじんとがあり。

【字句謹解】◯任に至りて 任地におもむいての意 ◯悔ふる所 敎戒きょうかいした部分、これは前文にある大化たいか元年八月の詔中みことのりちゅうきんぜられたことをいふ ◯穗積臣咋 東國とうごく國司こくしの姓名で、くいが名である。履歷りれき不明 ◯戸每に求め索ふ さきに「かみいきおいりて公私の物を取る」とある意で、官吏かんりの身分を利用して、各國の公私物こうしぶつ强制きょうせい的に徵發ちょうはつすること ◯仍りて悔いて物を還す 一度はその行爲こうい後悔こうかいして奪つた物を元の所有者にもどす ◯而も盡くは與へず それでも全部もどしたといふわけではない。つまり大部分はもどさず、申しわけに一二にんにもどしただけのことをいつたもの ◯其の介 すけとは次官じかんの意 ◯富制臣 『姓氏錄せいしろく』には阿倍朝臣あべのあそみ同祖どうそとして布勢朝臣ふせのあそみとあり、『持統紀じとうき』には氏上うじのかみとなつたことが見える ◯巨勢臣紫檀 『天武紀てんむき』に巨勢朝臣こせのあそみ辛檀努し た んとあり、『日本紀しょくにほんぎ』に志丹したんとある人と同一にんだとはれてゐる ◯其の上を正さず その長官の不正をいさめない。

〔注意〕本詔ほんしょうは、

(一)國司こくし諭さとすのみことのり(大化元年八月、日本書紀)(二)東國とうごく國司こくしに下し給へるみことのり(大化二年三月、日本書紀)(三)庸調ようちょうたまふのみことのり(大化三年正月、日本書紀

などと密接な關係かんけいを持つてゐる。

【大意謹述】そこで今囘こんかい、各國から貢物みつぎもの持參じさんした朝集使ちょうしゅうし及び國司こくし行狀ぎょうじょうを監督させてある國造くにのみやつこなどに、「國司こくし赴任地ふにんちにあつて、ちん敎戒きょうかいを守つてゐるか、守つてはゐないか」と問うた。朝集使ちょうしゅうしは、朕の質問につて、詳しく事實じじつ奏上そうじょうしたので、朕は始めて任地にんちに於ける國司こくし行狀ぎょうじょうを手にとる如く知ることが出來た。

 穗積臣ほづみのおみくいの犯した罪は、官吏かんりの身分を利用して任地にんち及び上京の途次と じにある國民一般から、家每いえごと物貨ぶっか徵發ちょうはつした。れは一これ後悔こうかいして物をかえしたが、わずかな人々にも戻したのみで、大部分は著服ちゃくふくしてゐるのである。その次官じかんである富制臣ふせのおみ及び巨勢臣こせのおみ紫檀したんの二人の罪は、長官の不正を諫言かんげんすることなく、默視もくししたてんにある云々うんぬん

 く報告を受けたからには、それ以下にある人々の全部も罪を犯した者と見るのが至當しとうであらうと思ふ。