10-1 東國の朝集使等を訓諭し給へる詔 孝德天皇(第三十六代)

東國とうごく朝集使ちょうしゅうし訓諭くんゆたまへるみことのり(第一段)(大化二年三月 日本書紀

集侍群卿大夫、及國造伴造、幷諸百姓等、咸可聽之。以去年八月、朕親詔曰、莫因官勢、取公私物、可喫部內之食、可騎部內之馬。若違所誨、次官以上降其爵位、主典以下決其笞杖。入己物者、倍而徵之。詔旣若斯。

【謹譯】うごなわはべれる群卿ぐんけい大夫たいふおよ國造くにのみやつこ伴造とものみやつこあわせてもろもろの百せいとううけたまはるべし。去年きょねんの八がつもって、ちんみずかみことのりしていわく、かみいきおいりて公私こうしものることなかれ。部內くにのうちいいくらふべし、部內くにのうちうまるべし。おしふるところたがはば、次官す け以上いじょうをば爵位しゃくいくだし、主典ふむひと以下い かをば笞杖ちじょうさだむ。おのれれたるものは、ばいしておさめしむ。みことのりすでかくごとし。

【字句謹解】◯朝集使 諸國から貢物みつぎもの持參じさんしてみやこた者をいふ、とうの制度につたから、古訓こくんにあるやうに「まゐうごなはるつかひ」とまなくとも差支さしつかえない。〔註一〕參照 ◯諸の百姓 各國から來た朝集使ちょうしゅうしのこと ◯親ら詔して曰く このみことのりは本篇に謹述きんじゅつした『國司こくし諭さとすのみことのり』(大化元年八月、日本書紀)を指す ◯官の勢に因りて云々 この部分は『國司を諭すの詔』中の「又、國司こくしくにりて罪をことわることを得ず。貨賂まいないを取りて、民を貧苦ひんくに致さしむることを得ず。みやこのぼらむ時には、きわに百せいおのれしたがふることを得ず。國造くにのみやつこ郡領こおりのみやつこしたがはしむることを得む。ただ公事く じを以て往來か よはむ時には、部內くにのうちの馬にることを部內くにのうちいいくらふことをすけより以上、法をうけたまはらば、必ず褒賞ほうしょうすべく、法にたがはばまさ爵位しゃくいくださむ。判官まつりごとびとより以下、ひと貨賂まいないを取らば、二倍にしてらむ。つい輕重けいちょうを以て、罪をせむ」とあるのに相當そうとうする。かみいきおいとはかみ威光いこうを我が物顏ものがおにすること ◯笞杖 共に刑罰の道具で、罪の輕重けいちょうによつて打つかずことにするもの、は、「ほそきすわえ」、じょうは「ふときすわえ」とくんじた。「すわえ」とはすえのしなつた細杖ほそづえの意 ◯己に入れたる物 他人から賄賂わいろを受けて著服ちゃくふくした者 ◯倍した徵めしむ 二倍にして强制きょうせい的にかみに納めさせる。

〔註一〕朝集使 當時とうじ東國とうごく國司こくしを置いた朝廷では、この年東國とうごく朝集使ちょうしゅうしが上京したのを機會きかいに、任地におもむいた國司こくしの成績をかれ、罪ある者を處分しょぶんされようとする目的からこのみことのりを下されたのであつた。本詔ほんしょうは長文ではあるが、當時とうじ國司こくしの成績が具體ぐたい的に一々いちいち記してあるので、この時の民情みんじょうを考へる上に於て貴重な文獻ぶんけんとなり、輕視けいし出來ない。

【大意謹述】今、ここに集合した多くのけいたち、大夫たいふたち、國造くにのみやつこ伴造とものみやつこ及び東國とうごくから朝集使ちょうしゅうしの一同も、全部ちんの言ふことを注意して聞かなければならない。去年、大化たいか元年の八月に、朕は東國とうごく國司こくしどもに向つて次の意味のみことのりはっした。「官吏かんりの身分を口實こうじつとしてすべての共有物・私有物を奪つてはならない。公用で上京する際には自國內にさんした米をしょくし、自國の馬にるのを規定とする。しこれらのきんを犯せば、各國の次官じかん以上は社會しゃかい的に地位をくだし、主典さかん以下は輕重けいちょうおうじてむち又はつえで打つ。他人から賄賂わいろを取れば、それを二倍にしてかみおさめさせる」と。以上のことを嚴格げんかくに命令したのである。