9-4 庶政改新の詔 孝德天皇(第三十六代)

庶政しょせい改新かいしんみことのり(其の四)(大化二年正月 日本書紀

罷舊賦役、而行田之調。凡絹絁絲綿、竝隨郷土所出。田一町絹一丈、四町成疋。長四丈、廣二尺半。絁二丈、二町成疋。長廣同絹。布四丈、長人同絹絁。一町成端。別收戸別之調。一戸貲布一丈二尺。凡調副物鹽贄、亦隨郷土所出。凡官馬者、中馬每一百戸輸一疋、若細馬、每二百戸輸一疋。其買馬直者、一戸布一丈二尺。凡兵者、人身輸刀甲弓矢幡鼓。凡仕丁者、改舊每三十戸一人、而每五十戸一人以充諸司。以五十戸充仕丁一人之粮。一戸庸布一丈二尺、庸米五斗。凡釆女者、貢郡少領以上姉妹及子女形容端正者。以一百戸充釆女一人之粮。庸布庸米皆准仕丁。

【謹譯】もと賦役ぶえきめて、調みつぎおこなふ。およきぬあしぎぬいと綿わたは、ならびに郷土く にいだところしたがへ。ちょうきぬじょう、四ちょうにてひきす。ながさ四じょうひろさ二尺半しゃくはんあしぎぬは二じょう、二ちょうにてひきす。ながひろさはきぬおなじ。ぬのは四じょうながひろさはきぬあしぎぬおなじ。一ちょうにてむらす。べつ戸別こべつ調みつぎれ。一きよみぬのじょうしゃくとす。すべ調みつぎ副物そえものしおにえと、また郷土く にいだところしたがへ。およ官馬かんばは、中馬ちゅうば一百ごとに一ぴき輸いたし、細馬よきうまならば、二百ごとに一ぴき輸いたせ。うまはむあたいは、一ぬのじょうしゃくとす。およへいは、ひとごとにかたなよろいゆみはたつづみ輸いたせ。およ仕丁しちょうは、もとの三十ごとに一にんせしをあらため、五十ごとに一にんもっ諸司しょしてよ。五十もっ仕丁しちょうにんかててよ。一庸布ようふは一じょうしゃく庸米ようまいは五とす。およ釆女うねめは、ぐん少領しょうりょう以上いじょう姉妹しまいおよ子女しじょ形容けいよう端正たんせいなるものたてまつれ。一百もっ釆女うねめにんかててよ。庸布ようふ庸米ようまいみな仕丁しちょうしたがへよ。

【字句謹解】◯舊の賦役を罷めて 賦役ぶえき舊訓きゅうくんでは、「えつぎえたち」あるいは「みつぎ」とくんずる。改新かいしん以前に行はれた租法そほうを改める事。〔註一〕參照 ◯田の調 田の所有者が前述の田租でんそ以外に別に土地にしたがつて布帛ふはくかみおさめること ◯ 絹の太いもの ◯郷土の出す所に隨へ 各地方の物產ぶっさん工合ぐあいで絹・あしぎぬいと綿わたいづれでもよろしいとの意 ◯ 布帛ふはくの四じょうの長さをいふ ◯ 古訓こくんには「むら」とあり、ひきと同じ長さをいつたものらしい ◯戸別の調 各ごとに差出す布帛ふはくの意 ◯貲の布 織り方の細かい布、したがつて質のよい布ともなる ◯調の副物 調みつぎに加へて差出す物。〔註二〕參照 ◯ 海產物かいさんぶつのこと ◯官馬 一種の調みつぎとして納める馬のこと ◯輸し かみに納める ◯細馬 上等の馬のこと ◯ 軍旗の意 ◯ 陣太鼓じんだいこのことである ◯仕丁 各國から賦役ぶえきのためにみやこのぼる者のしょう舊訓きゅうくんは「つかへよぼろ」とある ◯五十戸每に一人 ただし五十ごと仕丁しちょうにん炊事番すいじばんにんのことで、「一にんを以てつ」と細書さいしょのある所以ゆえんであつた ◯庸布 十日の徭役ようえきが必要でない場合、及び民に差支さしつかえのある時は、一日に就き二しゃくすんわりで布又は郷土の產物さんぶつを納めた。次丁じちょう(六十歳以上)はその半額で、中男ちゅうなん京畿內けいきないとは不納でよろしいと『令集解りょうしゅうげ』に記してある ◯庸米 庸布ようふとして米を納めるもの ◯釆女 諸國から選ばれて後宮こうきゅう官女かんじょになり、天皇するもの ◯郡の少領 各ぐん次官じかんの意 ◯形容端正なる者 容貌ようぼうが美しい者、舊訓きゅうくんには「かほきらきらしきもの」とある ◯貢れ 『孝德紀こうとくき』にはこののちに「從丁じゅうていにん從女じゅうじょにん」と細書してある。

〔註一〕賦役 大化たいか改新かいしん以前の我が國租稅法そぜいほうに就いては、起源・種類・方法・範圍はんいに於いて、それぞれ專門せんもん家が一家言かげんを立ててゐる。今、租庸調そようちょうを中心として、ごく大體だいたいを述べる。諸國から山海さんかいの物を朝廷にけんじた例は、神代かみよからあり、例の崇神すじん天皇十二年の弓弭調ゆはずのみつぎ手末調たなすえのみつぎ租法そほうの整理であつても起源ではなかつた。

 は「たちから」といつて、田地でんち收穫しゅうかくせられた租稅そぜい文獻ぶんけんには安閑あんかん天皇御代み よに始めて見える。ただし、これもその起源ではなく、昔から田租でんそたてまつる例があつたことを示すにとどまる。

 ようは「えたち」といつて「徭役ようえき」とも書いた。人民が朝廷のためにの身をえきして兵役及び宮城きゅうじょう池溝ちこう・道路・橋梁きょうりょう等の修繕・營作えいさくあたること。崇神すじん天皇時代に倭迹迹姬命やまとととひめのみこと御墓おんはか造營ぞうえいの時、及び仁德にんとく天皇時代宮室きゅうしつ修理の際に人民を使用したのが著明ちょめいな例とされてゐる。大化たいか以前には大體だいたい三十に一にんであつたらしく、聖德太子しょうとくたいしの十七じょう憲法の十六條目じょうめには、「民をえきするには農閑期のうかんきがよい」と記してある。

 調ちょうは「みつぎ」で「み」は尊稱そんしょう、「つぎ」は朝廷及び國家の費用を人民から捧げる意味。これかみおさむるとき、布帛ふはく絲綿しめんと決定された以前の時代には、土地と生業せいぎょうとの區別くべつにしたがつて、獸皮じゅうひ水產物すいさんぶつ・工作品などをおさめた。

〔註二〕調の事 調ちょう雜物ざつぶつ及び副物そえものの種類は非常に多かつた。その事は『大日本だいにほん租稅志そぜいし』の「賦役令ぶえきれい」に記されてゐるが、わずらはしいからはぶく。

 調ちょう及びようは必ずしも國民一般にするのではない。大寶令たいほうれいれば、

(一)課口かこう中男ちゅうなん(十七歳以上二十歳までの男子、後に十八歳以上に改めた)・正丁せいてい(二十一歳以上六十歳までの男子、後に二十二歳以上と改めた)・老丁ろうてい(これは次丁ともいつて六十一歳以上六十五歳までの男子、後に六十歳以上六十四歳までと改めた。

(二)不課口ふかこう皇親こうしん・八以上・小男しょうなん(十六歳以下の男子、後に十七歳以下と改めた)・蔭子いんし(五位以上の人の子)・三以上の父祖ふ そ兄弟けいてい子孫しそん(六十六歳以上の者、後に六十五歳以上と改めた)・癈疾はいしつ篤疾とくしつ妻妾女さいしょうじょ家人けにん奴婢ぬ ひ孝子こうし順孫じゅんそん義夫ぎ ふ節婦せっぷとして旌表しょうひょうせられた者・舍人とねり史生ししょう伴部ともべ使部つかいべ兵衞ひょうえ仕丁しちょう防人さきもり帳內ちょうだい資人すけんど事力じりき驛長えきのおさ烽長のろしのおさ・內外初位しょい長上ちょうじょうくんとう以上の者・雜戸ぞうこ陵戸りょうこ品部ともべ・及び刑の執行中にある徒役とえき囚人しゅうじん

區別くべつされ、このうち課口かこうだけがおさめたものであつた。要するに一般の男子が十六歳(或は十七歳)までは課役かえきがなく、十七歳(或は十八歳)で負擔ふたんし、六十六歳(或は六十五歳)に至つてまぬがれた。そして調庸ちょうようの物は每年まいねん八月中旬から自費で輸送ゆそうし、伊賀い が伊勢い せ尾張おわり參河みかわ丹波たんば因幡いなば備前びぜん阿波あ わ紀伊き い讃岐さぬき近江おうみ美濃み の若狭わかさ但馬たじま播磨はりま淡路あわじ所謂いわゆる近國きんごく十六國は十月三十日までに、遠江とおとうみ伊豆い ず相模さがみ信濃しなの越中えっちゅう駿河するが甲斐か い飛驒ひ だ越前えちぜん伯耆ほうき出雲いずも備中びっちゅう伊豫い よ備後びんご所謂いわゆる中國ちゅうごく十四國は十一月三十日までに、上總かずさ常陸ひたち武藏むさし下總しもふさ上野こうずけ下野しもつけ陸奥む つ佐渡さ ど周防すおう石見いわみ土佐と さ越後えちご安藝あ き長門ながと隱岐お き筑紫つくし所謂いわゆる遠國えんごく十六國は十二月三十日までに京師けいし持參じさんする規定となつてゐた。

【大意謹述】在來ざいらい行はれた課稅かぜい法をここに改め、今囘こんかい田租でんそ以外の調みつぎおさめることにした。絹をおさめるか、あしぎぬにするか、又はいと綿わたにするかは、各國の生產せいさん狀態じょうたいつて自由とする。ちょうに付き、絹ならば一じょう、四町に一ぴきわりとなる。絹布けんぷ一疋は長さ四丈、幅が二しゃく半である。あしぎぬならば一町に付き二丈で、二町で一疋の割となる。長さと幅とは絹の場合と等しい。布は一町に付き四丈で、長さと幅とは絹。あしぎぬと同じであり、したがつて一町で一たんおさめる計算になる。

 この他に各家かっけごとに布帛ふはくを差出す。これは一に付き質のよいもの一丈二尺と定める。調みつぎの添へ物として出すしお海產物かいさんぶつの種類は、同じく各國の生產せいさんおうじて自由とする。

 朝廷に納める馬は、中等ちゅうとうのは百ごとに一ぴきわりとし、し上等のであつたならば、二百戸ごとに一匹の割とする。その馬を買ふために、各家かっけから一じょうしゃくの布を出すことにする。各へいに付いては、各人かくじんごとに刀・よろい・弓・矢・軍旗・陣太鼓じんだいこを納めさせる。

 諸國から賦役ぶえきのためにみやこのぼつて勞働ろうどうする者は、今までは三十に一にんわりであつたが、これを五十戸に一にんと改め、各役所に配屬はいぞくさせる。その一にん⻝糧しょくりょうは五十戸から公平に出す。勞役ろうえき代物だいぶつを納めるならば、一に付き布は一じょうしゃく、米ならば五とする。

 釆女うねめは諸ぐん次官じかん以上の地位にある者の姉妹、又はその娘中むすめちゅうから容貌ようぼうの美しいものをらなければならない。釆女うねめにんかては一百から平均に出させる。これも差支さしつかえがある時には布及び米で代納だいのうさせるが、その制度は前述の仕丁しちょうの時と同じである。