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8-2 官紀振肅のため國司を諭すの詔 孝德天皇(第三十六代)

官紀かんき振肅しんしゅくのため國司こくし諭さとすのみことのり(第二段)(大化元年八月 日本書紀

若有求名之人、元非國造伴造縣稻置、而輙詐訴言、自我祖時、領此官家、治是郡縣。汝等國司、不得隨詐便牒於朝。審得實狀、而後可申。又、於閑曠之所、起造兵庫、收聚國郡刀甲弓矢。邊國近與蝦夷接境處者、可盡數集其兵、而猶假授本主。其於倭國六縣被遣使者、宜造戸籍、幷挍田畝。汝等國司、可明聽退。

【謹譯】もとむるのひとりて、もとより國造くにのみやつこ伴造とものみやつこあがたぬし稻置いなぎにあらずして、たやすいつわうったへてもうさく、ときより、官家みやけあずかりて、郡縣ぐんけんおさむと。汝等なんじら國司こくしいつわりまま便たやすみかどもうすことをず。つまびらかに實狀じつじょうて、しかのちもうすべし。また閑曠いたずらなるところいて、兵庫へいこ起造きぞうし、國郡こくぐんたちよろい弓矢ゆみやおさあつめよ。邊國へんこくちか蝦夷え ぞさかいまじふるところには、ことごとへいかぞあつめて、本主もとのあるじ假授あ ずくべし。倭國やまとのくにの六けんつかはさるる使者ししゃは、よろしく戸籍こせきつくり、あわせて田畝でんぽかんがふべし。汝等なんじら國司こくしあきらかにうけたまわりて退まかるべし。

【字句謹解】◯名を求むるの人 自己の素性すじょういつわり、名譽めいよを望む人 ◯伴造 各部かくぶおさのこと ◯ これは縣主あがたぬしとあつた「ぬし」がだっしたので、各縣かくあがたおさのこと ◯稻置 上古じょうこ邑長むらおさのこと、國造くにのみやつこぞくして縣邑けんゆうを治めてゐた ◯官家 榖物倉こくもつぐらのある場所のしょうで、主として公田こうでんの事をいふ ◯閑曠なる所 人々の迷惑にならない程の廣場ひろば ◯兵庫 武器をおさめるくら ◯邊國 邊鄙へんぴの國 ◯蝦夷 北方にゐた未開異種族 ◯ ここでは主として武器の意 ◯本主 その地方の長老 ◯倭國の六縣 高市たけち葛木かつらぎ十市とおち志貴し き山邊やまべ曾布そ ふの六けんで「祈年祭きねんさい祝詞のりと」に見え、共に皇室の御料地ごりょうちである。この關係かんけいから特に使者をつかはされた ◯田畝を挍ふべし 田畑でんばたを調査する。この部分は『孝德紀こうとくき』に「墾田はりた頃畝けいほ及びたみ戸口ここう年紀ねんき檢覈しらぶるをふ」と細書さいしょしてある。

【大意謹述】し自分の素性すじょういつわり、理由なく名譽めいよよくとを望む者があつて、元々もともと國造くにのみやつこ伴造とものみやつこ縣主あがたぬしあるい稻置いなぎといつた地方長官でもないくせに、單純たんじゅんに人々をいつわつて訴訟そしょうし、「わたくし祖先そせんの時代から、この公田こうでんさずかつたのです」とか、「遠い昔からこの郡縣ぐんけんを治めてゐたのです」とか申し出たならば、汝等なんじら國司こくしは、それを信じてただちに上申じょうしんするやうなことがあつてはならない。詳細に事實じじつを調べたのち間違まちがいないと知つたら、始めて申し出るがよい。又、相當そうとう廣場ひろばには武器ぐらを起工して、附近ふきん國郡こくぐんにある刀やよろい、弓や矢を散在さんざいさせないで、一場所ひとつばしょあつめて置く事を要する。特に國境こっきょうに近く未開みかい異種族いしゅぞくと接する土地では、武器や兵士を集めかぞへて、その地の長老に一時武器を保管させる事がからう。皇室の御料地ごりょうちであるやまとにある六けんの地方に派遣された使者は、早速新しい戸籍を製作し、田畑でんばたがどの程度まで開かれたかを調査せよ。以上ちんの命を汝等なんじら國司こくしあきらかに了解してから、宮中を退出せよ。

【備考】官紀かんき振肅しんしゅくのため、この詔勅しょうちょくたまわつたと拜察はいさつする。以上によると、當時とうじ官公吏かんこうりの中には、横著おうちゃくなもの、怠慢たいまんなもの、權力けんりょく濫用らんようするものが相當そうとうに多かつた事が分明わ かる。それが一つの積弊せきへいとなつてゐたので、これを一そうし去るべき必要があつた。本詔ほんしょうは、この必要を所辨しょべんすべく、おごそかなおおせを下されたのであつた。