8-1 官紀振肅のため國司を諭すの詔 孝德天皇(第三十六代)

官紀かんき振肅しんしゅくのため國司こくし諭さとすのみことのり(第一段)(大化元年八月 日本書紀

隨天神之所奉寄、方今始將修萬國。凡國家所有公民、大小所領人衆、汝等之任、皆作戸籍及挍田畝。其薗池水陸之利、與百姓倶。又國司等在國不得判罪。不得取他貨賂、令致民於貧苦。上京之時、不得多從百姓於己。唯得使從國造郡領。但以公事往來之時、得騎部內之馬、得飡部內之飯。介以上奉法、必須褒賞。違法當降爵位。判官以下、取他貨賂、二倍徵之。遂以輕重科罪。其長官從者九人、次官從者七人、主典從者五人、若違限外將者、主與所從之人、竝當科罪。

【謹譯】天神てんじんよさしたまひしままに、方今い まはじめてまさ萬國くにぐにおさめむとす。およ國家こっか所有しょゆう公民こうみん大小だいしょう所領しょりょう人衆ひとどもを、汝等なんじらにんまかりて、みな戸籍こせきつくり、およ田畝でんぽかんがへよ。薗池えんち水陸すいりくは、百せいともにせよ。また國司こくしくにりてつみことわることをず。貨賂まいないりて、たみ貧苦ひんくいたさしむることをず。みやこのぼらむときには、きわに百せいおのれしたがふることをず。國造くにのみやつこ郡領こおりのみやつこしたがはしむることをむ。ただ公事く じもっ往來か よはむときには、部內くにのうちうまることを部內くにのうちいいくらふことをすけより以上いじょうほううけたまはらば、かなら褒賞ほうしょうすべく、ほうたがはばまさ爵位しゃくいくださむ。判官まつりごとびとより以下い か貨賂まいないらば、二ばいにしてらむ、つい輕重けいちょうもっつみせむ。長官か み從者じゅしゃは九にん次官す け從者じゅしゃは七にん主典ふむひと從者じゅしゃは五にんかぎりぎてほかたらむものは、しゅ所從と もならむひとと、ならびにまさつみせむ。

【字句謹解】◯國司 國司こくし大化たいか二年に正式に決定されたので、當時とうじ內定ないていであつたらしい。內定された國司こくし種々しゅじゅの注意をあたへられるのが本詔ほんしょう主眼しゅがんで、現在、地方長官會議かいぎの席上で、內務ないむ大臣だいじんが時の內閣ないかく施政しせい方針その他の注意をさずけるのと、形式上は同じである ◯天神 天照大御神あまてらすおおみかみ、及びる場合には高皇產靈神たかみむすびのかみを意味する ◯奉け寄したまひし隨に 天神てんじん御心みこころほうじてそれにそむかないやうにとの意。大化たいか改新かいしんの根本意義をこの一句で說明せつめいされてゐる。〔註一〕參照 ◯方今始めて將に萬國を修めむとす 今囘こんかい天皇親政しんせいの世として、始めて御自身が日本にっぽん全國ぜんこくを統治されること ◯國家所有の公民 普通には「みかどのしろしめすおほむたから」とませてる。本居もとおり宣長のりながは「あめのしたにありとあるおほむたから」とくんずるが、それでは朝廷に奉仕する人々との意となり、本文の前後の關係かんけいと一致しない。ここでは公領こうりょうたみのこと ◯大小所領の人衆 私領しりょうたみのことで、各地にある私有地の民 ◯汝等 國司こくし內定ないていした人々 ◯任に之りて 任地にんち赴任ふにんする ◯薗池 えんは現在の畑及び樹園じゅえんの事 ◯百姓と倶にせよ 國司こくし專斷せんだんを禁じて、一般人民と利益りえきを等分にすること ◯罪を判ることを得ず 國司こくしは裁判けんを持ち得ないこと ◯ 皇都こうとの意 ◯國造 上古じょうこ國郡こくぐんを統治した地方官であるが、大化たいか改新かいしん以來いらいめられた ◯郡領 上古じょうこぐんの統治者のしょうで、大領おおみやつこ小領すけのみやつこ區別くべつされてゐた ◯公事 公用の意 ◯ 國司こくし次官じかんのこと ◯法を奉はらば 國司こくししたがつてこうげたならばの意 ◯褒賞 褒美ほうびのこと ◯判官 すけ次位じ いにある役 ◯次官 前のすけとあるのと同じである。『和名抄わみょうしょう』には、くにの長官をかみといひ、次官じかんすけ判官ほうがんじょう主典しゅてんさかんといふとある。なほ、本文に於いてはこの次に「判官ほうがん從者じゅしゃは六人」がだっしてゐるらしいとのせつである ◯主典 判官ほうがんの下位の役。

〔註一〕天神の御心 明治めいじ維新いしんが六百年もつづいた武家政治を破壞はかいして天皇親政しんせいじつを目的としたやうに、大化たいか改新かいしんまた豪族專制せんせいへいを破り、上古じょうこの如く天皇親政しんせいを中心として起された一つの改革であつた。それは絕對ぜったい天照大御神あまてらすおおみかみ神勅しんちょくしたがふことに特徵とくちょうが見出される。大化改新に於ける主要てんに就いての說明せつめいは、本篇に謹述きんじゅつする『改新かいしんみことのり』(大化二年正月、日本書紀)にゆずる。

〔注意〕大化たいか改新かいしんかんする詔勅しょうちょくを次に列擧れっきょする。本詔ほんしょうのほか

(一)鍾匱しょうきもうくるのみことのり(大化元年八月、日本書紀)(二)おみむらじ伴造とものみやつこ國造くにのみやつこに下したまへる詔(大化元年九月、日本書紀)(三)改新かいしんの詔(大化二年正月、日本書紀)(四)直言ちょくげんを求むるの詔(大化二年二月、日本書紀)(五)東國とうごく國司こくしに下し給へる詔(大化二年三月、日本書紀)(六)東國とうごく朝集使ちょうしゅうしに下し給へる詔(大化二年三月、日本書紀)(七)營墓えいぼの詔(大化二年三月、日本書紀)(八)あらたに百かんを設け位階いかいあらわすの詔(大化二年八月、日本書紀)(九)庸調ようちょうたまふの詔(大化三年正月、日本書紀

【大意謹述】ちん天照大御神あまてらすおおみかみ御意ぎょいほうじて、ここに新しく國を統治することとなつた。それについて汝等なんじら國司こくし內定ないていした者共ものどもは、赴任ふにん早々に、公領こうりょう及び大小の私領しりょうの人民たちの戸籍を作り、田地でんちを一おう調査しなければならない。畑地はたち及び水陸すいりく樹園じゅえんなどから得られる利益りえきは、公平にその土地の人々と共に分配し、國司こくし專斷せんだん行爲こういが少しもないやう注意すべきである。又、國司こくしは自己の國では裁判けんを有しない。他人から賄賂わいろを取つた結果、民を苦しめることがあつてはならない。皇都こうとのぼる時には、從者じゅしゃとして多數たすうの土地の者を同行することは許されぬ、ただ國造くにのみやつこ郡領こおりのみやつこだけをしたがへることが出來る。勿論もちろん國家の事に就いて、あるいかみからの命令で往復する際には、役馬えきばり、役米やくまいしょくしても差支さしつかえない。

 すけ以上の人々は、國法こくほうほうじてこうげれば必ず褒美ほうびたまわるべく、國法こくほうそむけば、現在得てゐる宮中に於ける席次せきじくだすであらう。判官ほうがん以下の人々で、他人から賄賂わいろを受取れば、その額の二倍をかんから强制きょうせい的に納めさせるであらう。その上、輕重けいちょうおうじてばつを加へる。國の長官の從者じゅしゃは九人、次官す け從者じゅしゃは七人、主典さかん從者じゅしゃは五人と定め、この規定にしたがはないで、多數たすうを引率すれば、引き連れた主人と、連れられたともとを共犯として同等の罪にしょする。