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7 蘇我馬子が葛城縣を賜はらむことを奏せる時に諭されし詔 推古天皇(第三十三代)

蘇我馬子そがのうまこ葛城縣かつらぎのあがたたまはらむことをそうせるとき諭さとされしみことのり(三十二年十月 日本書紀

今、朕則自蘇我出之。大臣亦爲朕舅也。故大臣之言、夜言矣則夜不明、日言矣則日不晚、何辭不用。然今、當朕之世、頓失是縣、後君曰、愚癡婦人臨天下、以頓亡其縣。豈獨朕不賢耶。大臣亦不忠。是後葉之惡名。

【謹譯】いまちんすなわ蘇我そ がよりでたり。大臣おおおみまたちんおじたり。ゆえ大臣おおおみげんをば、はば、すなわあかさず、はばすなわくらさず、なんこともちゐざらむ。しかれども、いまちんあたりて、ひたぶるあがたうしなひては、のちきみのたまはむ、愚癡おろかなる婦人おんな天下てんかのぞみて、もっひたぶるあがたうしなへりと。ひとちん不賢おさなきのみならむや。大臣おおおみまた不忠つたなからむ。後葉のちのよ惡名あくめいならむ。

【字句謹解】◯朕は則ち蘇我より出でたり ちんとはいふまでもなく推古すいこ天皇御自身を指したてまつる。天皇欽明きんめい天皇の第二皇女こうじょにましまして、御母おんはは蘇我稻目そがのいなめじょ皇太夫人こうたいふじん堅鹽媛きたしひめであられた。ゆえ蘇我そ がよりでたりとのおおせがあるので、當時とうじ母方のうじは特に重要視じゅうようしされた ◯大臣亦朕が舅たり 蘇我馬子そがのうまこ稻目いなめの子であるから、天皇には伯父お じ(又は叔父)の關係かんけいあたられる ◯夜に言はば則ち夜も明さず 夜中やちゅう奏上そうじょうすれば、そのの明ける以前に必ず希望を達してやるとの意 ◯日に言はば則ち日も晚さず 日中に奏上そうじょうすれば、必ずその日が暮れる以前に要求は許してあげるとのことで、何事でも速かに聽納ちょうのうされる義 ◯何の辭か どんな內容でもの意、ことげんのこと ◯是の縣 葛城縣かつらぎのあがたのこと。〔註一〕參照 ◯愚癡なる婦人 は道理を區別くべつ出來ない事、は理性を失つて感情に支配されること、結局大義たいぎを忘れた婦人ふじんといふ義になる。婦人とは推古すいこ天皇を指したてまつるので、みかど我國わがくにに於ける最初の女帝じょていにまします ◯不賢 理非り ひに暗い ◯不忠 忠義ちゅうぎの心にけてゐる ◯後葉の惡名 後世にのこわるい名。

〔註一〕葛城縣 馬子うまこ何故なにゆえ天皇御料田ごりょうでんである葛城縣かつらぎのあがたうたのであらうか。『推古紀すいこき』にしたがへばそこは馬子うまこの故郷であり、姓名も葛城かつらぎしょうしてゐるからとの理由だつた。天皇外戚がいせきである馬子うまこの以上のこい拒絕きょぜつされたのは、我が君臣くんしん大道だいどうと私情との區別くべつを明白にされた所以ゆえんにほかならぬ。

【大意謹述】現在日本國にっぽんこくを統治してゐるちんは、蘇我氏そ が しから出たのであり、馬子うまこ大臣おおおみ蘇我氏宗家そうけで、ちん伯父お じあたる。ゆえに朕は常に大臣おおおみげんを出來る限りれてゐた。大臣おおおみが夜に奏上そうじょうすればその同じの明けない間に、日中に願へばその同じ日が暮れない間に要求を滿足まんぞくさせ、今までれなかつたことはただの一度もなかつた。が、今囘こんかい葛城縣かつらぎのあがたさずけられんことをとの希望だけは、さすがの大臣おおおみからの申しいででも、朕は許すことが出來ない。蘇我そ がである朕が統治してゐる間に、葛城縣かつらぎのあがたただちに失つたとあつては、後世の天皇は必ず朕を、道を知らず、感情にはしつたものとして非難されよう。大臣おおおみ專權せんけんであるから、朕はただちに葛城縣かつらぎのあがたを失つてしまつたといはれるであらう。これはたんに朕に公私の區別くべつがなかつたことを天下に示すのみではなく、大臣おおおみまた忠義ちゅうぎの心に厚くないとなんぜられる原因となる。くすれば後世に惡名あくめいを流すに相違そういないからこの一つつしみたい。

【備考】情味じょうみ、義理共に備はつたおおせとして、感佩かんぱいするのほかはない。天皇は人情の上では、飽迄あくまでも、馬子うまこに同情せられたが、大義たいぎ名分めいぶんげんとして存在することを信じ、深くこれを尊重せられた。すなわち情は十分重んじられたが、情のために、大義名分を曲げようとされない。そこに截然せつぜんたる區別くべつを立てられた。いかにも、御立派な、御態度ごたいどである。