4-3 筑紫に榖稼を收藏するの詔 宣化天皇(第二十八代)

筑紫つくし榖稼こっか收藏しゅうぞうするのみことのり(第三段)(元年五月 日本書紀

又、其筑紫肥豐三國屯倉、散在縣隔、運輸遙阻。儻如須要、難以備卒。亦宜課諸郡分移、聚建那津之口、以備非常、永爲民命。早下郡縣、令知朕心。

【謹譯】また筑紫つくしほう、三ごく屯倉みやけ縣隔けんかく散在さんざいし、運輸うんゆはるかへだたれり。儻如も し須要も ちゐんとせば、もっにわかそながたし。またよろしく諸郡しょぐんして分移ぶんいし、那津な つほとりあつて、もっ非常ひじょうそなへ、ながたみいのちとなすべし。すみやか郡縣ぐんけんくだして、ちんこころらしめよ。

【字句謹解】◯ 現今げんこんの佐賀及び熊本けんの地方を指す ◯ 現今の大分及び福岡縣ふくおかけんの一部 ◯縣隔に散在し 相當そうとうな距離を置いて各地に存在すること ◯儻如須要ゐんとせば 何か有用な場合にあたつてそれを使用しようとすればの意 ◯卒に備へ難し 場所が相互に離れてゐるので、一に間にはすことが出來ない ◯分移し 人々を不平のないやうに諸郡しょぐんからちょうして課役かえきすること ◯民の命 國民の生活にとつて重大なもの。

【大意謹述】又、現在、筑紫つくし肥國ひのくに豐國ほうのくににある御料田ごりょうでんは、各自が相當そうとうの距離をて散らばつてゐるために、運漕うんそうに不便なばかりでなく、それを活用する場合がても、急場の間に合はない。つて、きに諸國の榖倉もみぐら榖物こくもつ那津な つほとりあつめた如く、この地方に散らばつてゐるものも、諸郡しょぐんに不平のないやうに課役かえきせしめて同じ場所に移して、まん一の場合に備へ、國民の生活にとつて、この上なく大切なものとしなければならない。早速諸郡縣しょぐんけんにこのみことのりつたへ、ちんの意をある所をみなに知らせてほしい。

【備考】本詔ほんしょうはいすると、當時とうじ、朝廷が如何い か筑紫つくしすなわち九州方面に留意りゅういせられたかが分明わ かる。景行けいこう天皇九州征伐は前後七年にわたり、ようや熊襲くまそを平定されたが、二十七年秋またそむいたので、今度は日本武尊やまとたけるのみことを派遣され、再びこれを征定せいていせられた。が、ほ安心することが出來ないのは、三かん(朝鮮)がともすると、九州・山陰の邊境へんきょうさわがし、あるいは九州の西岸せいがん人士じんしに向つて、その獨立心どくりつしん煽動せんどうすることであつた。『二千五百年史』の著者(竹越三叉)は、このてん言及げんきゅうし、

景行けいこう以前、九州のうれいもに大和朝廷緣族えんぞくによつて統御とうぎょせられたる熊襲くまそ背叛はいはんにありて、叛者はんしゃは多くにっさつぐうくににありき。今やしからず。三かん勢威せいいだいなるにしたがつて、九州の西岸せいがん、最も多く刺戟しげきこうむりたれば、筑紫つくしの國は最早も は無人の地にあらずして、最も獨立どくりつ氣象きしょうあり。叛志はんしめる强悍きょうかんなる人種の巣窟そうくつとなれり。應神おうじんちょう元勳げんくん佐命さめい武內宿禰たけのうちすくねみずから九州にくだりて、筑紫つくしの地を鎭守ちんじゅせるを見ては、如何い かに九州のうれいの早くへんじたるかを見るべし。爾來じらい二百餘年よねん、三かんこと愈々いよいよ急にして、大和やまと豪族ごうぞく名門めいもんなか韓土かんどくだり、筑紫つくし土著どちゃくするによつて、此等これら叛志はんしめる强悍きょうかん人種は各々おのおのその部屬ぶぞくとしておさめられたり。しかして朝廷三かんせいするの時も、大將たいしょう中國ちゅうごくよりくだるも、兵士は多く筑紫つくし土人どじんもちゆるのゆえもって、その武幹ぶかんますま發達はったつせり。かくの如くして大和やまと附近ふきんの民が王朝の權威けんいあっせられつつある時、彼等は忠義ちゅうぎの何たるを知らず、屈服の何たるをかいせず。野性やせい縱横じゅうおう發達はったつせり。(中略)ゆえに朝廷のけんだいなるや、彼等甘んじてその爪牙そうがとなるも、朝廷のけんおとろふるや、せきぢて獨立どくりつす」と述べた。

 以上の如く、九州はまるで治外ちがい法權ほうけんの土地であるやうなかんした。宣化せんか天皇以前にも、筑紫つくし國造くにのみやつこ磐井いわい新羅しらぎ氣脈きみゃくを通じて、中央政府に向ひ叛旗はんきひるがえしたことさへあつた。さいわ物部もののべ麤鹿火あらかびのために征服されたが、それ以後とても油斷ゆだん出來ぬ。したがつて宣化せんか天皇の時代にも、大伴磐おおとものいわ筑紫つくしにをらしめて、これ鎭守ちんじゅせしめ、はるかに三かんに向つて備へしめた。本詔ほんしょうはいするについて、以上の事實じじつに考へ及ぶと、筑紫つくし榖稼こっか收藏しゅうぞうするの勅令ちょくれいはっせられた意味が、はつきり分明わ かる。表面、おだやかな文字が使はれてゐるが、事實じじつ內政ないせい外交上重要地點ちてんとして、最も深く意を用ひられたことが十分に拜察はいさつされる。