4-1 筑紫に榖稼を收藏するの詔 宣化天皇(第二十八代)

筑紫つくし榖稼こっか收藏しゅうぞうするのみことのり(第一段)(元年五月 日本書紀

⻝者天下之本也。黄金万貫、不可療飢。白玉千箱、何能救冷。夫筑紫國者、遐邇之所朝屆、去來之所關門。是以海表之國、候海水以來賓、望天雲而奉貢。自胎中之帝、洎于朕身、收藏榖稼、蓄積儲粮、遙設凶年、厚饗良客。安國之方、更無過此。

【謹譯】しょく天下てんかもとなり。黄金こがね万貫まんがんありとも、うえいやすべからず、白玉しらたまばこありとも、なんこいすくはむ。筑紫國つくしのくには、遐邇か じ朝屆まいいたところ去來きょらい關門かんもんとするところなり。これもっ海表かいひょうくには、海水かいすいうかがひてもっ來賓らいひんし、天雲てんうんのぞみてみつまつる。胎中ほむだみかどより、ちんおよび、榖稼こっか收藏お さめて、儲粮ちょろうたくわめり。はるかに凶年きょうねんもうけ、あつ良客りょうきゃくきょうす。くにやすんずるほうさらこれぐるはなし。

【字句謹解】◯⻝は天下の本なり ⻝糧しょくりょうを申し分なくゆきわたらせて人民を養ふのは、天下安穩あんのんもとであるとの意 ◯白玉千箱 白玉しらたま寶石ほうせきのことで、眞珠しんじゅかとのせつもある。千ばこは前の萬貫まんがんたいしたのでかずの多い形容 ◯冷を救はむ こいは寒さにこごえること、凍死を救ひ得ない ◯筑紫國 後世の太宰府だざいふを指す。學者がくしゃ太宰府だざいふの起源を本詔ほんしょうに求めようとするが、明證めいしょういでゐる ◯遐邇の朝屆る所 遐邇か じは遠近の意で、ちょう朝貢ちょうこうすること、諸外國から朝貢みつぎもの持參じさんしたり、九州の各地からは主としてここに貢物みつぎものを持つてたからこのおおせがある ◯去來の關門 往來おうらい關所せきしょとなる場所 ◯海表の國 海外かいがいの諸國、主として三かんを指す ◯海水を候ひ 海潮かいちょうと風の方向とを調査して、航行に便利な時に來朝らいちょうして獻上物けんじょうもつたてまつる ◯天雲を望みて 遠く天の一方に雲がたないてゐるのを目當め あてとしての意、日本にっぽんはるかに望んでといふ事。〔註一〕參照 ◯胎中の帝 應神おうじん天皇を指したてまつる。天皇御生母ごせいぼ神功じんごう皇后こうごう胎中たいちゅうにあられて卽位そくいましましたのでこの名稱めいしょうを得たとしょうされてゐる ◯榖稼を收藏めて 榖稼こっかは「いねもみ」と舊訓きゅうくんされてゐる。これらを一場所に貯藏ちょぞうすること ◯儲粮を蓄へ積めり ⻝糧しょくりょうを多く集めて置くこと ◯遙かに凶年に設け 何時い つ起るかも知れない不作の年の準備をする。これは主として「榖稼こっか收藏お さめて」にかかる ◯厚く良客を饗す 十分に海外かいがいからの珍客ちんかく御馳走ごちそうする。この句は主として「儲粮ちょろうたくわめり」にかかる ◯國を安んずる方 國家を平定させる手段。

〔註一〕天雲を望みて この前後一二句の背景には「祈年祭きねんさい」の次の部分があるとつたへられてゐる。「こときて、伊勢におわす、天照大御神あまてらすおおみかみ大前おおまえもうさく、皇神すめかみ見霽み はるかします四方よ もくには、あまかききわみ、くに退つ限り、靑雲あおくもたなびく極み、白雲しらくも墮坐おちい向伏むかぶす限り、靑海原あおうなばら棹柁さおかじさず、舟艫ふなのへの至りとどまる極み、大海原おおうなばらふね滿つづけて、くがよりく道は荷緒にのお縛堅ゆいかためて、磐根いわね木根き ねみさくみて、馬の爪の至りとどまる限り、長道ながじひまなく立ちつづけて、くにひろく、さがしきくにたいらけく、遠きくに八十や そつなうちけて引寄ひきよする事のごと云々うんぬん

【大意謹述】⻝糧しょくりょう申分もうしぶんなくたくわへて國民の必要におうずることは、天下安穩あんのんの根本策である。とうと黄金こがねが一萬貫まんがんあつたとても、國民の饑餓き がやすことは出來ない。高價こうか眞珠しんじゅを入れた箱が一千個あつたとて、凍死にひんしてゐる國民を救ふのは不可能である。

 一たい筑紫國つくしのくには遠近の諸國から貢物みつぎものを持つてて、必ず通行しなければならない關所せきしょの地位を占めてゐる。ゆえ海外かいがい各國は順風じゅんぷうしお樣子ようすとを待つてここを目的としてきたり、我が日本にっぽんの土地を遠くから望んで貢物みつぎものを持つてる。これ程重要な土地であるから、應神おうじん天皇以來いらいちんの世に至るまで、諸種しょしゅ榖物こくもつ貯藏ちょぞうし、⻝糧しょくりょうを一つ場所に積んで何時い つ起るかも知れない不作の年の準備をすると共に、他方たほう外來がいらい珍客ちんかくを十分に待遇する用意にててある。天下國家を無事に治めゆく方法として、これ以上に效果こうかあるものはなからうと思ふ。