65 大谷光瑞ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

大谷おおたに光瑞こうずいくだたまヘル勅語ちょくご(明治四十年五月十三日 官報

【謹譯】明治めいじ三十七八ねん戰役せんえきさいシ、先志せんし紹述しょうじゅつシテ門末もんまつぱん奉公ほうこう奬勵しょうれいシ、またあまね從軍じゅうぐん僧侶そうりょ出征しゅっせい部隊ぶたい派遣はけんシ、士氣し き鼓舞こ ぶスルニつとメ、ろうすくなカラス。ちんふかこれよみス。

【字句謹解】◯先志 君國くんこくつくした祖先そせんこころざし ◯紹述 受け發揚はつようする ◯門末一般ノ奉公 一もん末々すえずえに至るまで君國くんこくのために生命を捧げる意 ◯士氣ヲ鼓舞スル 從軍じゅうぐん士卒しそつ意氣い きふるひ起させる。

【大意謹述】明治三十七八年度の日露にちろ戰役せんえきあたつて、なんじ君國くんこくつくした祖先そせん遺志い しを受けいで一もん末々すえずえに至るまで君國くんこくに一命を捧げる誠意を發揮はっきせしめ、その上、從軍僧じゅうぐんそう戰場せんじょうにある各部隊に派遣し、ほとけの道を士卒しそつ意氣い きふるひ起させた。その功勞こうろう僅少きんしょうでない。よっちんなんじ愛國あいこく至情しじょうたいして滿足まんぞくの意をひょうする。

【備考】日本の佛敎ぶっきょうは、すべて國家的・愛國的に動くてんで、印度インド支那し な佛敎ぶっきょうことなつてゐる。この事は、平安な らから鎌倉の時代にかけて、すでいちじるしいものがあつた。けれども戰地せんち從軍僧じゅうぐんそうして、佛敎ぶっきょうの立場から軍隊の將士しょうし愛國心あいこくしん鼓舞こ ぶしたことは、明治につてからである。法國ほうこく冥合みょうごうといふ上からすれば、當然とうぜん、かくあらねばならぬが、大谷おおたに光瑞こうずい氏が、積極的に國に捧げた至誠しせい純忠じゅんちゅう行爲こういは、賞揚しょうようするに足るものがある。明治天皇におかせられて、その功勞こうろうしょうせられたことは、ただ眞宗しんしゅうのみの光榮こうえいではなく、全佛敎界ぶっきょうかい光榮こうえいである。