57 神靈鎭祭の詔 明治天皇(第百二十二代)

神靈しんれい鎭祭ちんさいみことのり(明治三年正月三日 法規大全)

朕恭惟、大祖創業、崇敬神明、愛撫蒼生、祭政一致所由來遠矣。朕以寡弱、夙承聖緒、日夜怵惕、懼天職之或虧。乃祇鎭祭天神地祇、八神曁列皇神靈于神祇官、以申孝敬。庶幾、使億兆有所矜式。

【謹譯】ちんうやうやしくおもふに、大祖たいそぎょうはじむるや、神明しんめい崇敬すうけいし、蒼生そうせい愛撫あいぶし、祭政さいせい由來ゆらいするところとおし。ちん寡弱かじゃくもって、つと聖緒せいちょけ、日夜にちや怵惕じゅってきして、天職てんしょくあるいけんことをおそる。すなわつつしみて天神あまつかみ地祇くにつかみ八神やつはしらのかみおよ列皇れっこう神靈しんれい神祇官じんぎかん鎭祭ちんさいし、もっ孝敬こうけいぶ。庶幾こいねがわくは、億兆おくちょうをして矜式きょうしきするところあらしめん。

【字句謹解】◯大祖 皇祖こうそ皇宗こうそう ◯業を創むるや 天神てんじんめいによつて、道義どうぎ建國けんこくむねとして、天業てんぎょう創始そうししたとき ◯蒼生 萬民ばんみんに同じ ◯寡弱 御年おんとし若くゐらせらるること ◯聖緒を承け 皇位こういがれたこと ◯怵惕 おそれかしこみて心神しんしんやすんぜぬ意 ◯八神 高皇產靈神たかみむすびのかみ神皇產靈神かみむすびのかみ玉積產靈神たまつめむすびのかみ生皇產靈神いくむすびのかみ足皇產靈神たるむすびのかみ大宮賣神おおみやのひめのかみ御⻝津神おおみけつのかみ事代主神ことしろぬしのかみのこと ◯列皇 歷代れきだい天皇 ◯孝敬 こう精神せいしんを以て、誠恭せいきょうの意を致すこと ◯億兆 萬民ばんみんに同じ ◯矜式 うやまひ、のつとる事。

【大意謹述】ちんうやうやしくおもふに、皇祖こうそ天業てんぎょう創始そうしせられたとき、天神あまつかみ地祇くにつかみを心からとうとんで、大切にこれをまつり、萬民ばんみんを愛して、仁政じんせいを行はせられた。これによつて考へると、祭政さいせいといふことは、その由來ゆらいするところがじつに久しい。ちん今、年若くして、不肖ふしょうではあるが、早く皇位こうい繼承けいしょうし、日夜おそれかしこんで、天業てんぎょうの使命をまっとうしるかどうかといふことを心にかけ、あるい皇祖こうそ皇宗こうそう御旨みむね實現じつげんする上に至らぬところがないであらうかと只管ひたすら恐懼きょうくしてゐる。よっここあまかみくにかみを始め八しん及び歷代れきだい天皇御神靈ごしんれい神祇官じんぎかんに安置して、うやうやしくまつり、大孝たいこう精神せいしんをつくす事を心がける次第である。これによつて、萬民ばんみんは、敬神けいしん崇祖すうその意義を知り、これをうやまひ、これにのっとるやう切に希望したい。

【備考】本詔ほんしょうによると、皇道こうどうの二大要素は、(一)敬神けいしん(二)愛民あいみんの上にある。祭政さいせい誠實せいじつ精神せいしんもととし、これを萬民ばんみんに及ぼして、愛撫あいぶせらるるといふのが皇道こうどうである。したがつて、敬神けいしんといふことが、一番大切なわけで、明治天皇は、率先そっせんそのはんを示された。それについては、すでに大要を述べたが、明治天皇におかせられては、神武じんむ天皇が、當時とうじ四年二月に鳥見と みの山中に靈畤れいしを設けて、皇祖こうそまつられたことを囘想かいそうされ、明治四年二月、宮中きゅうちゅう殿でん賢所・皇靈殿・神殿)で、春秋しゅんじゅう皇靈祭こうれいさいを行ふ事とせられた。更に明治六年一月二十九日、神武じんむ天皇御卽位ごそくい當日とうじつ、これを慶祝けいしゅくする事とせられ、同年三月七日、これを紀元節きげんせつしょうせられた。その後、明治七年、太陽曆たいようれきに換算して、二月十一日を紀元節きげんせつと定められたのである。

 以上の御精神ごせいしんを國民一般に普及するについて、いろいろの著述ちょじゅつが出たが、そのうちで、『習字しゅうじやまとだましい』(小川持正著・明治六年刊)が、一番わかりやすく、敬神けいしんむねいてゐる。

「つきさかき、いづのみたまと天地あめつちに、いてりとほらす御神みかみ、その皇孫みめみこ日本ひのもとの、きみのはじめとさだめつつ、あめよりくだしたまへるは、萬物ばんぶつ主宰しゅさい御中主みなかぬし高御產靈日たかみむすび神產靈日かみむすび御祖みおやかみみことて、すゑのかけて億兆おくちょうの、たみにこころの方向ほうこうを、うしなはしめざる神慮かみごころ千萬ちよろずかみをかんつどへ、つどはかたまへるは、公論こうろん衆議しゅうぎはじめにて、わが皇統こうとうとうとさは、ならぶかたなきことながら、政治まつりごと遺漏いろうなく、あらしめむとの神議かんはかり君民くんみん政體せいたいを、とお神代かみよのむかしより、さだめていまもうごきなき、皇祚あまつひつぎのしるしとて、かたじけなくも天照あまてらす、御祖尊みおやのみこと御手み てづから、さずたまへる神器かんだから御鏡みかがみ御劍みつるぎ八尺瓊やさかにの、たまながく萬世よろずよに、人民た みをおもほす皇道きみのみち、いまより二せん五百い お三十みそじ、三とせあまりのそのむかし神武じんむ天皇てんのうことさらに、德澤とくたくいたらぬくまもなく、天下てんかおさめもろもろの、たみところせしめて、なおひとこころやすかれと、天神てんじん地祇ち ぎ大和やまとなる、鳥見と み山中やまなか靈畤まつりのにわに、まつらせたま故事ふることを、日本書紀やまとのみふみ大孝たいこうと、かれしことも久方ひさかたの、天祖あまつみおやこころを、おこしますゆえぞかし。さてのち方今い ま御代み よとなり、神器しんきとくはいちじるく、くにひかりをますかがみ、天下てんかてら千代萬ちよよろず、もののあやめをあきらかに、たみこころをみがかせて、つるぎとくたるつわものの、たけそなえもおごそかに、また八尺やさか勾魂まがたまの、五百い お御統みすまるにきびあひ、外國々とつくにぐに交際こうさいも、たがいのこうらみなく、國民くにたみ自由じゆうけんて、開化かいかすすなかを、統御すべしろしめす天皇すめらぎかしこ御代み ようまれあふ、ひとはことさら愛國あいこくの、こころをつとおさめ、人民じんみん保護ほ ごたいし、他人たにん自由じゆうさまたげず。家職かしょく產業さんぎょうおこたらで、百こう技藝ぎげいをみがき、夫婦ふうふ兄弟けいてい姉妹あねいもと順序じゅんじょただしくむつまじく、おやにつかへてこうをなし、わが皇國みくにたみかず僕婢ぼくひおなひとと、おしそだててむかしより、君子くんしくにといはれたる、その實效じっこうあらはすは、いま此秋このときひとごとに、つくすまことのつもりなば、あま御空みそらにふたつなき、太陽うつしたるはたじるし、六大洲だいしゅうそとまでも、かがやかさむはかたからじ。(下略)」

 以上は、文學的ぶんがくてき價値か ちに乏しいけれども、最も平明へいめいに、最も明快めいかいに、敬神けいしんの意義、國民道德どうとくの內容をあきらかにしてゐる。