48-2 石淸水臨時祭の宣命 孝明天皇(第百二十一代)

石淸水いわしみず臨時祭りんじさい宣命せんみょう(第二段)(弘化四年四月 孝明天皇紀)

辭別、近者相模國御浦郡浦賀奴禮波、其來由留爾、交易止奈牟。夫交易、昔與利不通濫許多萬布古止者國體爾毛利奴禮波、輙倍岐爾毛多萬波須、衣糧支濟給船船飛帆却還。又肥前爾毛來著奴止奈牟聞⻝。利留乃商旅、隙姦賊、情寶岐乎如何爾也波牟止、寤天毛天毛多萬布奈志。掛畏大菩薩、此狀聞⻝、再留止毛、飛廉風、陽候浪、速吹放追退攘給、除給、四海無異、天下靜謐、寶祚長久、黎民快樂護幸給恤助給倍止美毛申給波久止申。

【謹譯】ことけてもうさく、ちかごろ相模國さがみのくに御浦郡みうらごおり浦賀うらがおきえびすふねきぬれば、きたよしたずぬるに、交易こうえきふとなむもうす。交易こうえきは、むかしよりしんつうぜざるくにみだりにゆるしたまふことは國體こくたいにもかかわりぬれば、たやすゆるすべきことにもあらずとゆるしたまはず。衣糧いりょうささすくたま船船ふねぶねばせてしりぞかえりぬ。また肥前ひぜんのくににもきたきぬとなむきこしめす。むさぼるの商旅しょうりょか、すきうかがふの姦賊かんぞくか、情實じょうじつがたきを如何い かにやはさむと、さめてもてもわすれたまふときなし。けまくもかしこ大菩薩だいぼさつさまたいらけくやすらけくきこしめして、ふたたきたるとも、飛廉ひれんかぜおこし、陽候ようこうなみげて、すみやかはな退しりぞけ、はらたまたまひ、四かいことなるなく、天下てんか靜謐せいひつ寶祚ほうそながひさしく、黎民れいみん快樂かいらくまもさきはへたまめぐたすたまへとかしこかしこみももうたまはくともうす。

【字句謹解】◯辭別けて申さく 特別に次のことを申し上げるの意、本詔ほんしょうに就てはこれ以下が重要な部分で前文はじょの役目をしてゐる ◯夷の船の著きぬれば云々 孝明こうめい天皇弘化こうか三年うるう五月に米艦べいかん浦賀うらがに來て、六月には丁抹デンマークせんも來たこと。この年の五月に佛艦ふつかん琉球りゅうきゅうきたり、八月には海防令かいぼうれいかれ、十月には外國の事情を幕府から朝廷に奏上そうじょうした ◯來る由 來朝らいちょうした理由 ◯交易を乞ふ 通商を願ふ ◯信を通ぜざる國 國家としての親交がない國、さきに「昔より」とあるのは江戸初期よりの意で、鎖國さこく制度の實施じっし以來のこと ◯濫りに 理由なく勝手に ◯國體にも拘りぬれば 我が國體こくたい尊嚴そんげんけがすことにもなるので、〔註一〕參照 ◯衣糧を支へ濟ひ 燃料・飮料水いんりょうすい食物しょくもつなど必要なものを支給する ◯帆を飛ばせて を上げて飛ぶやうに去つたとふ意で、當時とうじ大船たいせんの製造を幕府から禁ぜられてゐた關係かんけい上、日本人の眼には外國の軍艦が怪物の如くえいじたのである ◯肥前國にも來り著きぬ 仁孝にんこう天皇弘化こうか二年に英國えいこくせんが長崎にきたつたこと ◯利を貪るの商旅 たん利益りえきのみをむさぼに野心のない商人 ◯隙を伺ふの姦賊 我國わがくに樣子ようすを探偵してすきがあればそのてんから攻め入つて屬國ぞっこくにしようとする惡賊あくぞく ◯情實の知り難き たんなる商人か又は侵略欲を持つた者か事實じじつが判明せず、又判明させる手段もない ◯寤ても寐ても 四六時中いつでもの意 ◯飛廉 風の神のこと。これは『廣雅こうが』に見える ◯陽候 海神かいじんのこと。しん陽陵國侯ようりょうこっこう溺死できしして海神かいじんとなつたとふ『淮南子えなんじ』その他の故事に由來する ◯天下靜謐 世の中がやすくをさまること ◯黎民快樂に 國民一同が少しも不平不滿ふまんなくたのしむ意。

〔註一〕國體にも拘りぬれば 東方とうほう君子國くんしこくたる日本は建國けんこく以來未だかつて他國の侵略を受けず、武力上、敗北したこともない。今、理由なく外國からの强要きょうよう通商を許したならば、二千五百年らい光輝こうきある國體こくたいけがす事になる。この叡慮えいりょから外患がいかんに際して深く御意ぎょいなやませたもうのたであつた。

【大意謹述】特に以下の事に就いて御報告申し上げる。近頃相模國さがみのくに御浦郡みうらごおりにある浦賀うらがおきに怪物の如き外國船がいたので、何故な ぜ來たかと理由を問ふと、我國わがくに通商關係かんけいを結びたいために來たむねを答へた。一たい通商關係かんけいの事は、江戸幕府の創立當時とうじから、日本が相手を信用して親交を結んだ國以外には容易に許すことが出來ない性質のもので、今囘こんかい、そのひにおうずれば、建國けんこく二千五百年以來光輝こうきある我國體わがこくたいけがすことにもなるから、容易に許可出來ない旨をつたへて拒絕きょぜつした。つ外國の乘船員じょうせんいんに燃料・飮料水・食物など必要品を支給すると、帆を高くあげ、飛ぶやうな速度で何處いずこともなく立ち去つてしまつた。更にこれ以外に、外艦がいかん肥前ひぜんのくに長崎方面にも來たとの報が入つたので、ただ利益りえきのみをむさぼる商人に過ぎないか、又は我國わがくに樣子ようすを探偵してすきうかがつて侵略しようと考へてゐる惡賊あくぞくか、何としても正體しょうたいを知り得ないので、目覺め ざめた時にもとこに入つたときにも、それに就いて御心みこころなやませられないことはない。おそなが大菩薩だいぼさつに於かせられては、以上の樣子ようすを平安にきこしめされて、まん外艦がいかんが再び我が沿岸に來た場合には、風神ふうじんは風を起し、海神かいじん大浪おおなみげ、少しも早く國外にそれを吹き飛ばし追ひ退け、一掃して跡をのこさぬやうせられたい。又國中くにじゅうは平常通り穩和おんわに、天下はよく治まり、皇位こういは永くつづき、國民に何の不平不滿ふまんなく、加護か ご幸福こうふくとをあたへられ助けられるやう、つつしんで申上もうしあげる。以上天皇御仰おんおおせによる。