45-3 飢饉につき奉幣の宣命 近衞天皇(第七十六代)

飢饉ききんにつき奉幣ほうへい宣命せんみょう(第三段)(仁平元年四月 本朝世紀

大神、此狀聞⻝天皇朝廷、寶位無動常磐堅磐、夜守日守護幸給比天、天下無水旱之煩、海內悉誇農桑之業良牟。國富俗豐爾之天、無爲有截御代護幸賜倍止美毛申給波久止申。

【謹譯】大神おおかみさまたいらけくやすらけくきこしめして、天皇すめら朝廷みかどを、寶祚ほうそうごくなく常磐ときわ堅磐かきわに、夜守よ も日守ひ もりにまもさきわたまひて、天下てんかかつ水旱すいかんわずらいなく、海內かいだいことごと農桑のうそうなりわいほこらむ。くにぞくゆたかにして、無爲む い有截うせつ御代み よまもさきわたまへとかしこかしこみももうたまはくともうす。

【字句謹解】◯水旱の煩 すいは水害、かんはひでりの意、水が多すぎたり少なすぎたりする心配 ◯海內 天下中 ◯俗豐かに 國風こくふう禮儀れいぎがっする意 ◯無爲有截の御代 天子が直接何事を行はなくとも、善惡ぜんあく區別くべつを國民が十分に知り、あくを行はないやうな理想的な世の中のこと。

【大意謹述】大神おおかみにはこの樣子ようすをよく御了解あらせられて、天皇御位みくらいに微動もなく、朝廷を永久に固く、晝夜ちゅうや守護され幸福こうふくあたへられて、天下中に少しも水害・旱魃かんばつ難事なんじなく、國中くにじゅうの全部が農業・養蠶ようさんに懸命となつて、我が日本が富み、風俗が禮儀れいぎがっし、天子が何も行はなくとも、一同がすこと、してはならないことの區別くべつをはつきりと知るやうな理想的な御世み よ招來しょうらいし、幸福こうふく萬人ばんにんさずたまふやうつつしんで申し上げる。

【備考】ここに陛下の君主としての理想がよくあらはれてゐる。きには、消極的にすべての國民の無事をいのられたが、今度は積極的に國民がそれぞれ富强ふきょうとなるやう、まだ道德どうとく的に向上して圓滿えんまんな生活をすやういのつてをられる。「無爲む いにしてす」といふことは、支那し な老子ろうしまたつたが、それは、あまりに超然ちょうぜん的にすぎた。陛下は、老子ろうし流をちがひ、國民が神々かみがみ冥助みょうじょのもとに、努力し、精進しょうじんして、天衣てんい無縫むほうの境地に達するやういのられてゐる。當時とうじ、特に農桑のうそうのことに御心みこころを注がれ、それがいつも盛んであるやう、また農民が幸福こうふくで生きてゆくやう、希望せられてゐる。當時とうじの國民は、本勅ほんちょくはいし、深く奮發ふんぱつしたことと思はれる。同時に、日本の神々は、例外なく、帝室ていしつ及び國民を護持ご じすることを喜ばれたであらう。

 以上と同時に考へられることは、何とつても、國民が如上にょじょう聖旨せいし遵奉じゅんぽうして、誠實せいじつに勤勉に眞摯しんしに日を送つて、產業さんぎょう振興しんこうに熱中し、道德どうとくの向上に銳意えいいする必要のそんするてんだ、國民一般が一心になつて、緊張するならば、陛下の思召おぼしめし實現じつげんすることが可能であつたにちがひない。