45-2 飢饉につき奉幣の宣命 近衞天皇(第七十六代)

飢饉ききんにつき奉幣ほうへい宣命せんみょう(第二段)(仁平元年四月 本朝世紀

其旨聞驚、殊歎太坐古止無限。偏是朕菲德依、民乃菜色有加止、慙懼之至、寤寐不休、掛畏大神、鎭護誓不誤志天、豐饒早成給倍止所念行氐奈牟。故是以、古日良辰擇定、官位姓名差使、禮代大幣令捧持奉出給

【謹譯】むねきこしめおどろき、ことなげふとますことかぎりなし。ひとへにちん菲德ひとくり、たみ菜色さいしょくるかと、慙懼ざんくいたり、寤寐ご びやすまず、けまくもかしこ大神おおかみ鎭護ちんごちかいあやまらずして、豐饒ほうじょうたまへとおもほしめしてなむ。ここもって、吉日きちじつ良辰りょうしんえらさだめて、官位かんい姓名せいめい差使さしつかはし、禮代いやじろ大幣おおみてぐらささたしめていだたてまつたまふ。

【字句謹解】◯菲德 とくの少ないこと、上に立つかたとくが少なければ神明しんめい加護か ごも減じ、一國に不幸が多くなるとする儒敎じゅきょう思想である ◯民の菜色あり 菜色さいしょくは『禮記らいき』にあることばで、國民が⻝用しょくようにうゑて顏色がんしょくあおくなること ◯慙懼の至り 身をかえりみて非常にはづかしく考へる ◯寤寐に休まず てもめてもその氣持きもちから離れず、心が安穩あんのんにならない ◯豐饒の世 五こく成就じょうじゅして民の生活が安定する世の中。

【大意謹述】今春以來、地方に飢饉ききん樣子ようすがあることを聞き、おおいに驚きかなしむこと限りがない。これ全くちん不德ふとくのため國民が⻝物しょくもつに不足して、かおに血のがなくなつたのだと思ひ、この上なく身をぢてゐる。てもめても心を休ませる事がない。口にするのも恐れ多いが、大神おおかみの國家鎭護ちんごやくあやまられないで、五こくがよくみのり、國民生活の上に不足のない長閑のどかな世の中に一日も早くしたまはんことを只管ひたすらこいねがふのみである。以上の思召おぼしめし今囘こんかい、最上の吉日きちじつえらんで、某官ぼうかんにある某人ぼうじんを派遣し、御禮おんれい大幣帛だいへいはくを捧げ、國民の幸福こうふくいのる次第である。

【備考】本勅ほんちょく拜讀はいどくすると、陛下が、切に國民の幸福こうふくねんとしてをられることがうかがはれる。一げんことごとく痛切で、それは國民への御同情ごどうじょうの結晶だ、「ても、さめてもにかかるのは國民が飢饉ききんのため不自由してゐる一だ」とおおせられてゐる。神も、かうした深甚しんじん仁慈じんじの情には必ず感應かんのうされたにちがひない。陛下の洪大こうだいおんおもひやりは、丁度、自分の愛兒あいじめるのを一日も早くなおさうとする兩親ふたおやのやうに、泌々しみじみと國民の胸に響くものがある。