44-3 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第三段)(天永四年四月 石淸水文書)

神明保護朝廷、鎭守敎行多末布越爲垂跡之本誓、就中我朝神道祐基ケル國、釋家留跡多ル奈利。神威依皇威施威、神明引皇明禮天增明。神自不貴依人、敎自不弘依人萬留。神人濫行天波萬人切齒、衆徒威勢氐波四海反脣。內敎凌遲スル古止之天此由奈利。以思以歎思⻝、近日神人淨侶止毛爲致訴度度制符、猥舁神輿、奉驚公家。是朝威忽諸乃見加波、還不憚神慮奈利

【謹譯】神明しんめい朝廷みかど保護ほ ごし、敎行きょうぎょう鎭守ちんじゅしたまふを垂跡すいじゃく本誓ほんぜいとなす。なかきてちょう神道しんどうもといたすけるくに釋家しゃっかあととどめたるなり。神威しんい皇威こういりてほどこし、神明しんめい皇明こうめいかれてめいす。かみおのずかたっとからず、ひとりてたっとし。おしえおのずかひろまらず、ひとりてひろまる。神人しんじん濫行らんぎょうては萬人ばんじんくいしばり、衆徒しゅうと威勢いせいいては四かいくちびるかえす。內敎ないきょう凌遲りょうちすることしょくとしてこれるなり。もっおももっなげおぼしめすところに、近日ちかごろ神人しんじん淨侶じょうりょともうったえいたしたるに度度たびたび制符せいふそむきて、みだりに神輿みこしかつぎて公家こうけおどろかしまつる。朝威ちょうい忽諸ないがしろにするのみかは、かえつて神慮しんりょはばからざるなり。

【字句謹解】◯神明 かみのこと ◯鎭守 しずめ守ること ◯垂跡の本誓 ほとけ衆生しゅじょう濟度さいど方便ほうべんとして、神々かみがみ化身けしんして我國わがくにあらはれたとする本地ほんち垂迹すいじゃくせつの本質の意、本地ほんち垂迹すいじゃくかんしては〔註一〕參照 ◯神道基を祐ける國 神々が中心となつて國民に幸福こうふくあたへるやう開かれた國 ◯跡を留めたる地 本地ほんち垂迹すいじゃくの土地といふ意 ◯神威は皇威に依りて威を施し 神々の御威みいずは、その御子孫ごしそんげんに日本を統治される皇室にまでつづいてゐるとの意味で、皇室のと結んで始めて現實的げんじつてきほどこされること ◯齒を切り ひしばつて殘念ざんねんがる ◯四海 天下の人々全部のこと ◯脣を反す 唇をそらして嫌ふ意 ◯內敎 佛敎ぶっきょうの意 ◯凌遲 非常に發達はったつのおそいこと ◯職として 主としての意 ◯淨侶 僧侶そうりょのこと ◯制符 禁止の申し渡し ◯神輿 延曆寺えんりゃくじそう日吉ひ え神輿みこしかついで朝廷に强訴ごうそすること ◯公家 朝廷と公卿く げと ◯還つて それよりも ◯神慮を憚らざるなり 神の尊嚴そんげんを全然考へない。

〔註一〕本地垂迹 本地ほんちとは佛陀ぶっだのことで、この佛陀ぶっだ衆生しゅじょう濟度さいどのために地上にあとれたとする思想である。我國わがくにの神々の本源ほんげんぶつ菩薩ぼさつにあるとするのは、『法華ほっけ壽量品じゅりょうほん』にある垂迹すいじゃくせつ應用おうようで、我國では最初はほとけを神の上位に置き、のち神佛しんぶつ同體どうたいと考へるやうになつた。

【大意謹述】一たい神佛しんぶつは、我が朝廷を守護され、すべての敎戒きょうかいを統一して國家を鎭守ちんじゅされるのが、この國に垂迹すいじゃくせられた本意である。就中なかんずく我國は國民のたる神々を中心とした幸福こうふくの多い國で、ほとけは神々として、この地に身をあらわしたのであつた。神々の御威みいずげんに直接皇室の大御威おおみいずと結んで完全に發揮はっき出來るのであり、神佛しんぶつは我が皇室の威光いこう關係かんけいを持つた時によく光をすと考へられる。神が神として獨立どくりつされてゐたのではたっとくも何ともない、それを尊敬する人を通じて尊貴そんきとなる。ほとけ敎戒きょうかいも、それ自身獨立どくりつして世にひろまるものではない。ほとけたっとぶ人が熱心に弘通ぐつうするから、世人せじんほとけを信ずるやうになる。今、その重い地位にある神人しんじんが勝手な惡行あくぎょうをなすのを見ては、人々はひしばつて殘念ざんねんがり、僧侶そうりょほとけ武威ぶ いおごるのを聞いては、天下は唇をかえして嫌ふ。我國に於いて佛敎ぶっきょう發達はったつしない理由は主としてここにある。天皇はこれを思ひ、なげいてゐられる折柄おりから、近頃になつて、又も神人しんじん僧侶そうりょとが朝廷に事を訴へ、幾度もくだした禁止令にそむいて、理由もなしに日吉ひ え神輿みこしかついで入洛じゅらくし、朝廷及び公卿く げを驚かした。この行爲こういは朝廷の御威みいず輕視けいししたといふのみにとどまらず、じつは、その人々がつかへる神の御威みいずを全然認めない結果になる。