44-2 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第二段)(天永四年四月 石淸水文書)

啻人民非滅亡乃美、兼天波同侶同伴成合戰。抛學横刀兵、脫方袍被申冑多利。梵宇燒失房舍破斫。携弓箭左右止之、以矢石朝夕止須。飡霞窓爲之變戰城、臥雲栖因其成軍陳多利。宰吏明止毛禁制無力、憲臺近止毛糾彈有憚。遂忘王法已破律儀。譬師子身中自如⻝師子。任法欲科斷禮波神慮難測、成憚默止禮波釋敎將滅

【謹譯】ただ人民じんみん滅亡めつぼうするのみにあらず、ねては同侶どうりょ同伴どうはんしきり合戰かっせんをなす。がくなげうつて刀兵とうへいよこたへ、方袍ほうほうだっして甲冑かっちゅうかぶりたり。梵宇ぼんう燒失しょうしつ房舍ぼうしゃ破斫はしゃくす。弓箭きゅうぜんたずさへて左右さゆうともとし、矢石しせきもっ朝夕ちょうせきもてあそびとす。かすみくらふのまどこれめに戰城せんじょうへんじ、くもするのすみかれにつて軍陳ぐんちんとなりたり。宰吏さいりあきらかにるとも禁制きんせいちからなく、憲臺けんだいちかるとも糾彈きゅうだんはばかりあり。つい王法おうほうわすれてすで律儀りちぎやぶる。たとへば師子し し身中しんちゅうむしみずか師子し しくらふがごとし、ほうまかせて科斷かだんせんとほっすれば神慮しんりょはかがたく、はばかりをして默止もくしすれば釋敎しゃっきょうまさめっせんとす。

【字句謹解】◯同侶 僧侶そうりょ同志の意 ◯同伴 神官しんかん同志の意 ◯刀兵を横たへ 兵は武器のこと、刀やその他の武器を常に身に近く置く ◯方袍 神人しんじんる衣 ◯梵宇を燒失し 寺院をく ◯房舍を破斫す 僧侶そうりょの平常生活する家を破壞はかいする ◯弓箭を携へて 弓矢を手にすること ◯矢石を以て 石を飛ばす器具が矢石やいしであるが、ここでは弓矢の意、すなわち前句と同意である ◯霞を飡ふの窓 沈思ちんし默考もっこうしてゐるはずの場所がたたかいの場合に於ける城の役目となる、この中で人々が武器を持つて武技ぶ ぎ練習れんしゅうしてゐるからである、かすみくらふは高い場所にあること ◯雲に臥するの栖 これも前句と同意、すみかは人の住む場所 ◯軍陳 軍の陣地じんち ◯宰吏 市中しちゅう警固けいごの役人 ◯憲臺 朝廷守護の上位にゐる役人 ◯糾彈に憚りあり 神佛しんぶつを表面に立ててゐるので調査・逮捕を遠慮して手を出さない ◯王法を忘れて これは神人しんじんかかことば神人しんじんが朝廷のむねかえりみない事 ◯律儀を破る これは僧侶そうりょかかことば僧侶そうりょ先祖せんぞの定めた禁戒きんかいを犯し法律を破る事 ◯師子 獅子のこと、內面からわざわいの生ずるたとへ ◯法に任せて 國法こくほうてらしての意 ◯神慮測り難く 如何い かなる神罰しんばつが加はるか分らない ◯憚りを成して いたずらに遠慮して ◯默視すれば 見て見ぬ態度をとれば ◯釋敎 佛敎ぶっきょうの事。

【大意謹述】神人しんじん僧侶そうりょたんに人々の生活をおびやかすのみではなく、同時に同じ仲間同志でも常にあらそたたかつてゐる。學問がくもんせん一とする僧侶そうりょがそれに見向きもせず、太刀た ちその他の武器を身の近くによせて置き、白衣を神前しんぜんに奉仕する神人しんじんは、それをて去つて、甲冑かっちゅうを身にける。彼等は寺々をはらつたり、日常生活の場所を破壞はかいしたりして、弓矢を手から離さず。常々それを友とし、朝夕あさゆう愛翫あいがんしてゐる有樣ありさである。佛法ぶっぽう修業しゅぎょうの道場はこのために戰地せんちに於ける城塞じょうさいと同じになり、俗人ぞくじんと共に居まいと高い場所に設けた住居は、都合よく立派な戰陣せんじんとなつてしまつた。市中しちゅう警固けいごの役人は明らかに秩序をみだすものとは知りながらも、それを禁止する力なく、朝廷守護の役人は目の前に暴狀ぼうじょうを見ながら調査することも、逮捕することも遠慮してゐる。この有樣ありさで、結局神人しんじん神慮しんりょそむき、僧侶そうりょ佛祖ぶっその設けた禁戒きんかいを破ることになり、獅子の身中しんちゅうにゐるむしが、獅子に養はれながらも一歩づつそれをそこなつてくのと少しもかわらない。國法こくほうの命ずるままに罪におとしいれようとすれば、如何い か神々かみがみいかたまふか不明であるし、ほとけに遠慮して手を出さなければ、我國わがくにに於ける佛敎ぶっきょうは今にもその存在を失つてしまふであらう。