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44-1 神人衆徒等の濫行停止の宣命 鳥羽天皇(第七十四代)

神人しんじん衆徒しゅうと濫行らんぎょう停止ていし宣命せんみょう(第一段)(天永四年四月 石淸水文書)

天皇詔旨、掛畏石淸水御坐世留八幡大菩薩廣前美毛申給波久止。誤以庸昧、濫受皇圖多利。日愼之裏年序漸移多利。爰頃年以來加多、神人濫惡爲先、緇侶貪婪爲本之天、或公私田地押領、或上下財物掠取。不論京畿、不嫌邊垂、結黨成群、塡城溢郭

【謹譯】天皇すめら詔旨みことと、けまくもかしこ石淸水いわしみず御坐おわしませる八まん大菩薩だいぼさつひろきみまえかしこかしこみももうたまはくともうさく。あやまりて庸昧ようまいもって、まぎらわしく皇圖こうとけたり。日愼にっしんうち年序ねんじょようやうつりたり。ここ頃年さきごろ以來こ のかた、神人しんじん濫惡らんあくさきとなし、緇侶しりょ貪婪たんらんもととなして、あるい公私こうし田地でんち押領おうりょうし、あるい上下じょうげ財物ざいぶつかする。京畿けいきろんぜず、邊垂へんすいきらはず、とうむすぐんして、しろみたかくあふる。

【字句謹解】◯庸昧を以て とくなく道にくらいこと、恐れ多い御詞みことばである ◯濫しく 形があつてじつのない意、いよいよ恐れ多い御詞みことばである ◯皇圖を受けたり 皇位こういいだ ◯日愼 日々自己をかえりみてつつしむこと、これは帝王の義務と昔からされてゐる ◯年序漸く移りたり 年月としつきを知らないてしまつた。御卽位ごそくい以來いらい本年に至るまで七年である ◯神人 かみに奉仕する人々、ここでは主として春日かすが神社じんじゃ神人しんじんを指す。〔註一〕參照 ◯濫惡 道にそむいた行動 ◯緇侶 墨染すみぞめの衣を僧侶そうりょの意、主として延曆えんりゃく興福こうふく僧兵そうへいを指す。〔註二〕參照 ◯貪婪 金錢きんせん及び⻝物しょくもつをむさぼること ◯押領 非合法の手段でのものを奪ひ、自己の所有とする ◯京畿 京都及びその周圍しゅういの國々 ◯邊垂 中央文化から遠くはなれた地方 ◯城を塡し郭に溢る 人數にんずうが非常に多いものの形容、かくは定められた場所。

〔註一〕興福寺と春日神社の結託 我が中世に至つて延曆えんりゃく興福こうふく二大寺の勢力あらそひを生じ、多くの僧兵そうへいを養つたが、藤原氏との關係かんけい深き興福寺こうふくじ春日かすが神社じんじゃと結び、事あるごと境內けいだい神木しんぼく奉持ほうじし、神體しんたいしてかつぎ出しておびやかした。それが京都に入つた間は朝廷はもっぱ謹愼きんしんの意を表せられ、藤原系の人々はそのため奔走ほんそうするといふ具合で、大體だいたいは彼等の希望を達しるのが常であつた。本詔ほんしょうには今までの歷史れきしあらはれなかつた神人しんじんこと僧侶そうりょ惡事あくじしたことが明白に見えるのは遺憾いかんだ。

〔註二〕延暦寺 興福寺こうふくじ春日かすが神社じんじゃと結んで神木しんぼくを移動させれば、延暦寺えんりゃくじも負けてはゐずに、何か不平の事がある度每たびごと日吉ひ え神輿みこしを奉じて入洛じゅらくして望む所を强請きょうせいした。朝廷ではあまりそれが度重たびかさなるので、源平げんぺい二氏の兵力を借りて寺院に備へたので、源氏げんじ平氏へいしが朝廷に勢力を得たのは、この關係かんけいによることが多い。のち信長のぶなが比叡山ひえいざん燒討やきうちにするまで、神輿みこしは七十以上も入洛じゅらくしたとつたへられてゐる。

【大意謹述】天皇大御言おおみことばを、くちに掛けるものかしこ石淸水いわしみず御座ご ざあそばされる八まん大菩薩だいぼさつ御前みまえに恐れつつしんで申し上げる。ちん不德ふとく不才ふさいの身でありながら、あやまつて皇位こういいた。日々自身をかえりみてつつしんでゐるあいだに、すで幾年いくねんかをてしまつたのである。しかるに少し以前から引きつづいて、かみに奉仕する身にある者が道にそむいた行爲こういをなし、僧侶そうりょがあらゆる方面に欲をのばして、あるいおおやけの、又はわたくし田地でんちを勝手に奪ひ、あるいは上下一般の人々の財產ざいさん貨物かもつ强制的きょうせいてきに取り上げる傾向が最近に至つてますます激しくなつた。京都及びその周圍しゅういの諸國から、文化に遠い地方に至るまで、いたところ多數たすう聚合しゅうごうし、一つ場所々々にあつまり日々盛大となつてく、今では各地方の城がそれらの人々で滿ち、神人しんじん僧侶そうりょに許された特定の場所に一杯となつてしまつた。