43-3 石淸水八幡宮に奉幣の宣命 朱雀天皇(第六十一代)

石淸水いわしみず八幡宮はちまんぐう奉幣ほうへい宣命せんみょう(第三段)(天慶四年八月 本朝世紀

又西國凶賊次將藤原文元、佐伯是本等、討滅之日率類、遁脫未就誅戮。狼心難變、䘍毒不消。近日又潜入伊豫國、海道致害聞⻝事在。大菩薩早下神兵、無櫱遺令煞戮ひ天、干戈永藏、陸海無驚天皇朝廷、寶位無動常磐堅磐、夜守日守護幸みも申賜波久東申。

【謹譯】また西國さいこく凶賊きょうぞく次將じしょう藤原文元ふじわらのふみもと佐伯是本さえきのこれもと討滅とうめつるいひきゐてのがれて、いま誅戮ちゅうりくかず。狼心ろうしんへんがたく、䘍毒たいどくえず。近日きんじつまたひそかに伊豫國いよのくにりて、海道かいどうこおりがいいたすときこしめすことあり。大菩薩だいぼさつすみやか神兵しんぺいくだして、櫱遺げついなく煞戮びんりくせしめたまひて、干戈かんかながおさまり、陸海りくかいおどろくことなく、天皇すめら朝廷みかどを、寶位ほういうごきなく常磐ときわ堅磐かきわに、夜守よ もりに日守ひ もりにまもさきわたまへとかしこかしこみももうたまはくともうす。

【字句謹解】◯次將 副將ふくしょうの意 ◯類を率ゐて 同類の人々を引率して ◯誅戮に就かず 皇軍こうぐんの手に首級しゅきゅうが上がらない ◯狼心變じ難く 狼心ろうしんは人を害する狼の心で惡心あくしんの意、わるい心はなかなか正しくはならないこと ◯蠆毒消えず 狼心ろうしんへんがたくを受けた對句ついくで、たいさそりの一種、『左傳さでん』に「蠭蠆ほうたいどくあり」とある。前の狼心ろうしんも同じく『左傳さでん』の「狼心ろうしんの野心」とあるのにつたのであらう。一度その毒を受けた者はなかなか消えないこと ◯神兵 かみが派遣される軍兵ぐんぴょうここでは皇軍こうぐん ◯櫱遺なく のこりの者がなく全部をほろぼすこと ◯愍戮 煞戮びんりくと同じで、朝廷をあはれみ賊をほろぼすこと ◯干戈永く藏り 干戈かんかは武器の意、武器が永久にくらうずめられるとは、平和が長くつづく義である ◯寶位動きなく 皇位こうい微動びどうもなく ◯常磐堅磐に 皇室の御繁榮ごはんえいが永久にといのられる御詞みことばいわは岩の意。

【大意謹述】又、西方にあつてちゅうに服した賊首ぞくしゅ藤原純友ふじわらのすみとも副將ふくしょうの地位にあつた藤原文元ふじわらのふみもと佐伯是本さえきのこれもとなどは、大將軍たいしょうぐんの討ち滅ぼされた際、餘類よるいを引率して、その場を逃げのび、行方ゆくさき不明ふめいになつて、今日こんにちに至るまで皇軍こうぐんの手に歸服きふくしない。彼等惡人あくにんの心はなかなかぜんとはならず、人を害する惡行あくぎょう何時い つになつてもなくなりはしない。近頃は再び皇軍こうぐんの目をのがれて伊豫い よの國に潜入し、近海きんかいを通行する各國の者に害をあたへると聞く。八まん大菩薩だいぼさつには早々に神兵しんぺいを派遣され、餘類よるい殘黨ざんとうを一人ものこらず朝廷のためにちゅうせられ、永久に平和を招來しょうらいして、海陸かいりく共に不穩ふおんなことなく、我が朝廷に於いて、天位てんい微動びどうだもせず、無窮むきゅうに固く、夜もひる御加護ご か ごを加へ幸福こうふくにさせられんことを、つつしんで御願おねがひ申し上げる。

【備考】國家の大難だいなんが生じた場合は、朝廷において、必ず伊勢・石淸水いわしみず賀茂か もしゃうちいずれかにいのられるか、あるいはそのうちの一二しゃいのられる。平將門たいらのまさかど藤原純友ふじわらのすみともらんは、藤原政治の破綻を示したもので、當時とうじ、容易に心をゆるすことが出來なかつた。朱雀すざく天皇が、石淸水いわしみずいのり、そのらんの平定を早め、殘黨ざんとうの滅亡を希望せられた御心持みこころもちは、この詔勅しょうちょくはいして、十分にわかる。しかも藤原一族は、かうした時代の警報に注意せず、いたずらに他力によつて、事をした結果、政權せいけん武門ぶもんに移るの端緒たんしょしたのである。