41-4 六衞府送るところの釋奠の祭牲を定むるの勅 光孝天皇(第五十八代)

衞府え ふおくるところの釋奠せきてん祭牲さいせいさだむるのみことのり(第四段)(仁和元年十一月 三代實錄)

(其の三)乾兎二頭を送らしむべき事

式云、三牲及兎、六衞府各一頭供之。又云、豆實兎醢五合。今撿、先聖先師、獨供兎醢、其餘不共之。加以、造醢之法、先乾其肉、百日卽成。謂之乾豆者、是取其義也。

【謹譯】しきふ、三せいおようさぎ、六衞府え ふおのおのとうこれきょうすと。またふ、豆實とうじつ兎醢とかいごうと。いまけんするに、先聖せんせい先師せんしには、ひと兎醢とかいきょうし、これきょうせず。加以しかのみならず、かいつくるのほうにくし、百にちにしてすなわる。これ乾豆かんとうといふは、るなり。

【字句謹解】◯兎醢 うさぎの肉をしおづけにしたもの ◯先聖先師 孔子こうし周公しゅうこうらのこと ◯ しほから・肉汁にくじゅう及び乾肉ほしにくをきざんで、酒・しおこうじなどにつけたもの。

【大意謹述】大學式だいがくしきには、式典の犠牲となる大鹿おおじか小鹿こじかいのこの三せいうさぎとは、六衞府え ふの各自から一頭づつたてまつよしが記してあり、更に豆實まめのみ兎肉とにく鹽漬しおづけは五ごうと規定されてゐる。現在これを守つてゐるかと調査して見るのに、孔子こうし周公しゅうこうらには式の通りにうさぎしてしおに漬けたものをきょうするが、その他にはきょうしてゐない。それのみでなく、一たい鹽漬しおづけを造るのには、づその肉を百日間すので、この意味からこれ乾豆ほしまめといつたのである。