32-2 中臣・忌部に下し給へる勅 平城天皇(第五十一代)

中臣なかとみ忌部いんべくだたまへるみことのり(第二段)(大同元年八月 日本後紀

又、神祇令云、其祈年月次祭者、中臣宣祝詞、忌部班幣帛。踐祚之日、中臣奏天神壽詞、忌部上神璽鏡劍。六月十二月晦日大祓者、中臣上御祓麻、東西文部上祓刀、讀祓詞訖、中臣宣祓詞。常祀之外、須向諸社供幣帛者、皆取五位以上卜⻝者充之。宜常祀之外奉幣之使、取用兩氏、必當相半。自餘之事、專依令條。

【謹譯】また神祇令じんぎれいふ。祈年としごい月次つきなみまつりには、中臣なかとみ祝詞のりとべ、忌部いんべ幣帛へいはくわかつ。踐祚せんそは、中臣なかとみ天神壽詞あまつかみのよごとそうし、忌部いんべ神璽しんじ鏡劍きょうけんたてまつる。六月みなつき十二月し わ す晦日つごもり大祓おおはらえには、中臣なかとみ御祓麻おはらえのみぬさたてまつり、東西やまとこうち文部ふみべ祓刀はらえがたなたてまつり、祓詞はらえのことばおわり、中臣なかとみ祓詞はらえのことばぶ。常祀じょうしほかすべからく諸社しょしゃむか幣帛へいはくきょうすべきものは、みな以上いじょう卜⻝者うらはみびとりてこれつ。よろしく常祀じょうしほか奉幣ほうへい使つかい兩氏りょうしもちひて、かならまさあいなかばすべし。自餘じ よことは、もっぱ令條れいじょうれ。

【字句謹解】◯神祇令 神社じんじゃ神官しんかんかんする規定 ◯祈年 祈年祭きねんさいの事、これは二月四日に行はれる榖物こくもつ豐作ほうさく祈願きがんする祭事さいじである、その祝詞のりとは〔註一〕參照 ◯月次 月次祭げつじさいの意で、月每つきごとに行はれるのが本義だが、のちには一年を二期にわかち、六月と十二月とに行はれるやうになつた。祈年祭きねんさいと同じく諸國から神主かんぬしして班幣はんぺいを行はしめた。この祝詞のりとは最初の一節を除くのほかは全部祈年祭きねんさいと同じである。◯祝詞 神意しんいを伺ふために供物くもつと同じく祭文さいもん神前しんぜん朗誦ろうしょうするもの、ことの意で、祝詞のりと(神力を願ふもの)・壽詞よごと(祝賀の意を述べるもの)とを含ませてゐる ◯踐祚の日 天皇卽位そくいあそばされた日 ◯天神壽詞 天皇踐祚せんその日に、中臣氏なかとみし奏聞そうもんして御代み よことほたてまつことば、普通中臣壽詞なかとみのよごととして知られてゐる。〔註二〕參照 ◯神璽鏡劍 三種神器しゅのしんきのこと ◯六月・十二月晦日の大祓 百かん以下天下萬民ばんみん罪穢ざいえ祓除ふつじょするために行はれる儀式で、六月及び十二月の晦日みそか朱雀門すざくもんで行はれた。〔註三〕參照 ◯御祓麻 罪のすべてをはらふ目的でたてまつ幣帛みてぐらのこと ◯文部 文官ぶんかんのこと ◯祓刀 罪をはらふ目的から神にたてまつる刀 ◯常祀 國の大祭たいさいとして每年まいねん決定してゐるもの ◯幣帛を供す 神事しんじを行ふために幣帛みてぐらたてまつること ◯卜⻝者 神官しんかんの意 ◯奉幣の使 神慮しんりょうかがひ、又は神をいわふために派遣される使者 ◯兩氏 中臣氏なかとみし忌部氏いんべしと ◯自餘の事 その他の事 ◯令條 定められてゐる規定。

〔註一〕祈年祭の祝詞 ちゅうの一から三までは、本勅ほんちょくかんした祝詞のりとせる。少し長文ではあるが、上古じょうこの人々が神にたいする思想をよく知りるであらう。祈年祭きねんさい祝詞のりとは次の如くである。

うごなはれる神主かんぬし祝部ほうりもろもろきこしめせとる。高天原たかまのはら神留かんづまります、皇睦すめむつ神漏伎かむろぎみこと神漏彌かむろみみこともちて、あまやしろくにやしろ稱辭たたえごとまつる。皇神等すめかみたちの前にもうさく、今年二月きさらぎに、御年みとし初めたまはむとして、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、朝日あさひ豐榮登とよさかのぼりに、稱辭たたえごとまつらくとる。

御年みとし皇神等すめかみたちの前にもうさく、皇神等すめかみたちさしまつらむおき御年みとしを、手肱たなひじ水沫みなわり、向股むかももひじせて、つくらむおき御年みとしを、八束穗やつかほのいかしに、皇神等すめかみたちさしまつらば、初穗はつほをば千穎ちかい八百穎やおかいまつきて、𤭖みかたか𤭖みかはら滿ならべて、汁にもかいにも稱辭たたえごとまつらむ。大野おおぬはらふる物は、甘菜あまな辛菜からな靑海原あおうなばらに住む物は、はた廣物ひろものはた狹物さもの奥津おきつ藻菜邊も は へ津藻菜つ も はに至るまでに、御服み そは、明妙あかるたえ照妙てるたえ和妙にぎたえ荒妙あらたえに、稱辭たたえごとまつらむ。御年みとし皇神すめかみの前に、白き馬白き白きかけ種々くさぐさ色物しなものそなまつりて、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

大御巫おおみかむなぎ稱辭たたえごとまつる。皇神等すめかみたちの前にもうさく、神魂かみむすび高御魂たかみむすび生魂いくむすび足魂たるむすび玉留魂たまつめむすび大宮乃賣おおみやのめ大御膳都神おおみけつかみ辭代主ことしろぬしと、御名み なもうしてことまつらくは、皇御孫命すめみまのみこと御代み よを、手長てなが御代み よと、堅磐かきわ常磐ときわいわまつり、いかし御代み よさきわまつるゆゑに、すめらむつ神漏伎かむろぎみこと神漏彌かむろみみことと、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

座摩いがすり御巫みかむなぎ稱辭たたえごとへまつる。皇神等すめかみたちの前にもうさく、生井いくい榮井さくい津長井つながい須波あ す は波比支は ひ きと、御名み なもうしてことまつらくは、皇神すめかみきます、下磐根したついわね宮柱みやばしらふとて、高天原たかまのはら千木ち ぎたかりて、皇御孫命すめみまのみことみず御舍みあらかつかへまつりて、あめ御蔭みかげ御蔭みかげかくりまして、四方よ もくに安國びやすくにたいらけくろしめすがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

御門みかど御巫みかむなぎ稱辭たたえごとへまつる、皇神等すめかみたちの前にもうさく、櫛磐間門命くしいわまどのみこと豐磐間門命とよいわまどのみことと、御名み なもうして、ことまつらくは、四方よ も御門みかどに、湯都ゆ つ磐村いわむらの如くさやりまして、あしたには御門みかどひらまつり、ゆうべには御門みかどまつりて、うとぶる物の、したよりかば下を守り、うえよりかば上を守り、まもりまもりに守りまつるがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

生島いくしま御巫みかむなぎことまつる、皇神等すめかみたちの前にもうさく、生國いくくに足國たるくにと、御名み なもうしてことまつらくは、皇神すめかみきます島の十島やそしまは、谷蟆たにぐくのさわたきわみ、鹽沫しおなわとどまる限り、くにひろく、さがしきくにたいらけく、島の十島やそしまつる事なく、皇神等すめかみたちさしまつるがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

こときて、伊勢い せす、天照大御神あまてらすおおみかみ大前おおまえもうさく、皇神すめかみ見霽み はるかします四方國よものくには、あめかき立つ極み、くに退き立つ限り、靑雲あおぐもたなびく極み、白雲しらくも墮坐おりい向伏むかぶす限り、靑海原あおうなばらさおかじさず、舟艫ふなのえの至りとどまる極み、大海原おおうなばらふね滿つづけて、くがよりく道は荷緒にのおゆいかためて、磐根いわね木根き ねみさくみて、馬の爪の至りとどまる限り、長道ながじひまなく立ちつづけて、くにひろく、さがしきくにたいらけく、遠きくに八十綱やそつなうちけてひきする事の如く、皇大御神すめおおみかみさしまつらば、荷前のさきは、皇大御神すめおおみかみ大前おおまえに、横山よこやまの如くうちみ置きて、のこりをばたいらけくきこしめさむ。又、皇御孫命すめみまのみこと御世み よを、手長てなが御世み よと、堅磐かきわ常磐ときわいわひまつり、いかし御世み よさきわへまつるがゆえに、すめらむつ神漏伎かむろぎ神漏彌かむろみみことと、うじものうなきて、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとへまつらくとる。

御縣みあがたす、皇神等すめかみたちの前にもうさく、高市たけち葛木かつらぎ十市とおち志貴し き山邊やまのべ曾布そ ふと、御名み なもうして、の六つの御縣みあがたづる、甘菜あまな辛菜からな持參もちまいりて、皇御孫命すめみまのみこと長御膳ながみけ遠御膳とおみけきこしめすがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとまつらくとる。

山口やまぐちす、皇神等すめかみたちの前にもうさく、飛鳥あすか石村いわれ忍坂おさか長谷はつせ畝火うねび耳無みみなしと、御名み なもうして、遠きやま近きやまひ立てる、大木おおき小木お ぎを、本末もとすえうちりて持參もちまいりて、皇御孫命すめみまのみことみず御舍みあらかつかまつりて、あめ御蔭みかげ御蔭みかげかくして、四方よ もくにを、安國やすくにたいらけくろしめすがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとへまつらくとる。

水分みくまりす、皇神等すめかみたちの前にもうさく、吉野よしの宇陀う だ都祁つ げ葛木かつらぎと、御名み なもうして、ことまつらくは、皇神等すめかみたちさしまつらむ、奥都おきつ御年みとしを、八束穗やつかほのいかしさしまつらば、皇神等すめかみたちに、初穗はつほかいにもしるにも、𤭖みかたかり、𤭖みかはら滿ならべて、稱辭たたえごとへまつりて、のこりをば、皇御孫命すめみまのみことの、朝御⻝あさみけ夕御⻝ゆうみけ加牟か む加比か ひに、長御⻝ながみけ遠御⻝とおみけと、赤丹あかにきこしめすがゆえに、皇御孫命すめみまのみことのうづの幣帛みてぐらを、稱辭たたえごとへまつらくを、もろもろきこしめせとる。

こときて、忌部いんべ弱肩よわかた太襷ふとだすきとりけて、持ちゆまはりつかまつれる幣帛みてぐらを、神主かんぬし祝部ほうりべ受けたまはりて、ことあやまたず、ささげ持ちてたてまつれとる。」

〔註二〕中臣壽詞 天皇踐祚せんその日に中臣氏なかとみしそうする所謂いわゆる中臣壽詞なかとみのよごととは次の如きものである、本文ほんもんには天神壽詞あまつかみのよごととある。

現御神あきつみかみ大八嶋國おおやしまくに知ろしめす、大倭根子おおやまとねこ天皇すめら御前みまえに、天神あまつかみ壽詞よごと稱辭たたえごと定めまつらくと申す。

高天原たかまのはら神留かむづまります、皇親すめむつ神漏伎かむろぎ神漏美かむろみみことを持ちて、八百萬やおよろず神等かみたちつどたまひて、『皇孫尊すめみまのみことは、高天原たかまのはらこと始めて、豐葦原とよあしはら瑞穗國みずほのくにを、安國やすくにたいらけくろしめして、天都日嗣あまつひつぎ天都高御座あまつたかみくら御坐ましまして、あま御膳み け長御膳ながみけ遠御膳とおみけと、千秋ちあき五百秋いおあきに、瑞穗みずほたいらけくやすらけく齋庭ゆにわろしめせ』とことさしまつりて、天降あまくだししのちに、中臣なかとみ遠祖とおつおや天兒屋根命あめのこやねのみこと皇御孫尊すめみまのみこと御前みまえつかまつりて、天忍雲根神あめのおしくもねのかみを、あめ二上ふたかみのぼまつりて、神漏伎かむろぎ神漏美命かむろみのみことの前にうけたまわりまをすに、『皇御孫尊すめみまのみこと御膳み けつ水は、現國うつしくにの水に、あまつ水を加へてたてまつらむと申せ』と、ことおしたまひしにりて、天忍雲根神あめのおしくもねのかみ浮雲あめのうきくもりて、あめ二上ふたかみのぼりまして、神漏伎かむろぎ神漏美命かむろみのみことの前に申せば、あめ玉櫛たまぐしことさしまつりて、『玉櫛たまぐしさしてて、夕日より朝日の照るに至るまで、あま祝詞のりと太祝詞言ふとのりとごとをもちてれ。かくらば、まち弱蒜わかひる湯都篁ゆつたかむらでむ。そのしもよりあめ八井や いでむ、こを持ちて、あまみずきこしめせ』とことさしまつりき。さしまつりしまにまに、きこしめす齋庭ゆにわ瑞穗みずほを、四國よこく卜部うらべども太兆ふとまに卜事うらごとを持ちてつかまつりて、悠紀ゆ き近江國おうみのくに野洲や す主基す き丹波たにわのくに冰上ひかみいわさだめて、物部もののふ人等ひとども酒造兒さかつこ酒波さかなみ粉走こばしり灰燒はいやき薪採かまぎこり相作あいづくり稻實公いなのみのきみ大嘗會おおにえ齋場ゆにわもちまはりまいて、今年十一月しもつきなか卯日うのひに、しりいつしり持ち、かしこかしこみもきよまはりにつかまつり、つきうち日時ひときを選び定めて、たてまつ悠紀ゆ き主基す き黑木くろき白木しらき大御酒おおみきを、大倭根子おおやまとねこ天皇すめらが、あま御膳み け長御膳ながみけ遠御膳とおみけと、汁にもにも、赤丹あかににもきこしめして、豐明とよのあかりあか御坐ましまして、天神あまつかみ壽詞よごと稱辭たたえごと定めまつる。皇神等すめかみたちも、千秋ちあき五百秋いおあき相嘗あいにえに、あいうずまつり、堅磐かきわ常磐ときわいわまつりて、いかし御世み よさかえしめまつり、康治こうじ元年はじめのとしより始めて、天地あめつち月日つきひと共に照らしあからし御坐まします事に、本末もとすえかたぶかずいかしほこの中とりちてつかまつる、中臣なかとみ祭主いわいぬし正四位おおきよつのくらい上行かみつしな神祇大副かみつかさのおおいすけ大中臣朝臣おおなかとみのあそみ淸親きよちか壽詞よごと稱辭たたえごと定めまつらくと申す。

もうさく、天皇すめら朝廷みかどつかまつれる、親王みこたち王等おおきみたち諸臣まえつきみたち百官人もものつかさびとたち天下あめのした四方國よものくに百姓おおみたからもろもろ集侍うごなわりて、見たまへとうとみたまへよろこびたまへ聞きたまへ、天皇すめら朝廷みかどにいかしみよに、八桑枝やくわえ立榮たちさかつかまつるべき、よごとしめせと、かしこかしこみも申したまはくと申す。」

〔註三〕大祓の祝詞 次に六月みまつきみそか大祓おおはらえ祝詞のりとする。十二月しわす晦日みそかのものはこれを同一である。

集侍うごなわれる、親王みこたち諸王おおきみたち諸臣まえつきみたち百官人もものつかさびとたちもろもろきこしめせとる。天皇すめら朝廷みかどつかまつる、比禮ひ れくる伴男とものお手襁たすきくる伴男とものおゆぎ伴男とものおたち伴男とものお伴男とものお八十伴男やそとものおを始めて、官々つかさづかさつかまつ人等ひとどもの、あやまおかしけむ雜々くさぐさの罪を、今年六月みなつきつごもり大祓おおはらえに、はらたまきよたまふ事を、もろもろきこしめせとる。

高天原たかまのはら神留かむづまります、皇親すめむつ神漏伎かむろぎ神漏美かむろみみことちて、八百萬やおよろず神等かみたちを、かむつどつどたまひ、かむはかはかたまひて、皇御孫命すめみまのみことは、豐葦原とよあしはら水穗國みずほのくにを、安國やすくにたいらけくろしめせと、ことさしまつりき。さしまつりし國中くぬちに、あらぶる神等かみどもをば、かむはしにはしたまひ、かむはらひにはらたまひて、ことひし磐根樹根いわねこのきね立ち、草の片葉かたはをもことめて、あめ磐坐いわくらはなち、あめ八重雲やえぐもを、いつ千別ち わきに千別ち わきて、天降あまくださしまつりき。さしまつりし四方よ も國中くぬち大倭日高見おおやまとひたかみを、安國やすくにと定めまつりて、しも磐根いわね宮柱みやばしら太敷ふとしき立て高天原たかまのはら千木ち ぎたかりて、皇御孫命すめみまのみことみず御舍みあらかつかへまつりて、あめ御蔭みかげ御蔭みかげかくして、安國やすくにたいらけくらしめさむ、國中くぬちでむ、天益人あめのますひとたちが、あやまおかしけむ雜々くさぐさつみごとは、あまつみとは、畔放あはなち溝埋みぞうめ樋放ひはなち頻蒔しきまき串刺くしさし生剥いけはぎ逆剥さかはぎ屎戸くそへ幾許ここだくの罪を、あまつみりわけて、くにつ罪とは、生膚斷いきはだたち死膚斷しにはだたち白人しらひと胡久美こ く みおのははおかせる罪・おのせる罪・せる罪・子と母と犯せる罪・けものせる罪・昆蟲はうむしわざわいたかかみたかとりの災・けものたおし・蠱物まじものせる罪、幾許ここだくの罪でむ。でば、あま宮事みやごとちて、大中臣おおなかとみあま金木かなぎを、もとうちすえうちちて、千座ちくら置座おきくらに置きらはして、あま菅麻すがそを、もとち、すえ刈り切りて、八針やはりとりきて、あま祝詞のりと太祝詞事ふとのりとごとれ。らば、天神あまつかみ天磐戸あめのいわと推披おしひらきて、あめ八重雲やえぐもを、いつ千別ち わきに千別ち わきてきこしめさむ。國神くにつかみは、高山たかやますえ短山ひきやますえのぼりまして、高山たかやまのいほり、短山ひきやまのいほりをけてきこしめさむ。きこしめしてば、皇御孫命すめみまのみこと朝廷みかどを始めて、天下あめのした四方よ もくにには、つみふ罪はあらじと、科戸しなどの風の、あめ八重雲やえぐも吹放ふきはなつ事の如く、あしたのみぎりゆうべのみぎりを、朝風あさかぜ夕風ゆうかぜはらふ事の如く、大津邊おおつべ大船おおぶねを、はなともはなちて、大海原おおうなばら押放おしはなつ事の如く、彼方おちかた繁木しげきもとを、燒鎌やきがま敏鎌とがまもちて、打掃うちはらふ事の如くのこる罪はあらじと、はらたまきよたまふ事を、高山たかやますえ短山ひきやますえより、さくなだりに落ちたぎつ、速川はやかわ瀨織津比咩せおりつひめふ神、大海原おおうなばらに持ちでなむ。如此か く持ちなば、荒鹽あらしおしお八百道や お じの、八鹽道やしおじしお八百會やおあいす、速開津比咩はやあきつひめといふ神、持ちかかみてむ。くかかみてば、氣吹戸いぶきど氣吹戸主いぶきどのぬしふ神、根國ねのくに底國そこのくに氣吹い ぶはなちてむ。氣吹い ぶはなちてば、根國ねのくに底國そこのくにす、速佐須良比咩はやさすらひめふ神、持ちさすらひうしなひてむ。うしなひてば、天皇すめら朝廷みかどつかまつる、官々つかさづかさ人等ひとどもを始めて、天下四方あめのしたよもには、今日きょうより始めて罪とふ罪はあらじと、高天原たかまのはら耳振みみふりてて聞く物と、うまき立てて、今年六月みなつきつごもりひの日の、夕日のくだち大祓おおはらえに、はらへたまひきよたまふ事を、もろもろきこしめせとる。四國よくに卜部うらべども大川道おおかわじ持退もちまかでて、はられとる。」

【大意謹述】又、神社じんじゃ神官しんかんの規定を記した神祇令じんぎれいしたがへば、每月まいげつ二月に行ふ祈年祭きねんさい、六月及び十二月に行ふ月次祭つきなみさいあたつては、中臣氏なかとみし祝詞のりとつかさどり、忌部氏いんべしは神に捧げる幣帛へいはくつかさどる。天皇卽位そくい當日とうじつには、中臣氏なかとみし天神壽詞あまつかみのよごとそうして御世み よ萬歳ばんざいしゅくし、忌部氏いんべしは三種神器しゅのしんき奉持ほうじする。又、六月と十二月の晦日みそかに行はれて、その期間のすべてのけがれを一そうする大祓おおはらいには、中臣氏なかとみし幣帛へいはくたてまつり、東西の文官ぶんかんが罪を一掃する御刀おんたちたてまつり、はらいかんする祝詞のりとみ、そののち中臣氏なかとみしが同じく、これにかんする祝詞のりと朗讀ろうどくする。これら每年まいねん定つた大祭たいさい以外に、天下の諸社しょしゃ幣帛へいはくたてまつる時は、すべて五以上の神官しんかんを採用するとある。ゆえちんは今後、一定の國家こっか大祭たいさいを除いた以外の場合に於ける奉幣使ほうへいしには、必ず中臣なかとみ忌部いんべ兩氏りょうしを、公平に同じやうに起用することを命ずる。その祭事さいじに就いては、主として定められた規定にることにしたい。

【備考】公平に朝廷の神官しんかんを優遇し、彼等をして無用の勢力あらそひから離れて、神道しんどう振興しんこうの上に、もっぱら力を注がしめようとなされた本勅ほんちょくは、神道しんどうのために、意義深いてんがあると思はれる。ただ一心に神道しんどうのためにつくし、忠實ちゅうじつに周到に神の精神せいしんあきらかにし、神の心をつたへ、斯道しどうを以て、只管ひたすら國家こっか民人みんじん敎化きょうかつとめることが神道しんどう關係かんけいある宮司ぐうじらの任務であり天職であり使命である。それにしても、神道しんどうが、當時とうじ、ともすると、佛敎ぶっきょうのために壓倒あっとうされようとしたことは、神官しんかんほ心の上に緊張味をき、研究・精進しょうじんを旨とするところ迄ゆかなかつた結果ではなかつたらうか。つ、中臣なかとみ忌部いんべ二氏がの固定した地位にやすんじたこともまた神道しんどう振興しんこうにぶらせたのではなかつたらうか。神官しんかんはすべて、朝廷におかせられて、神道しんどうを大切にせられて、始終誠心まごころを捧げられた事を忘れてはならないのである。の意味で本勅ほんちょくは心ある神官しんかんを深く感激せしめ奮起せしめたであらうと推測する。