30 祭祀の怠慢を誡むるの勅 光仁天皇(第四十九代)

祭祀さいし怠慢たいまんいさむるのみことのり(寶龜七年四月 續日本紀

祭祀神祇、國之大典。若不誠敬、何以致福。如聞、諸社不修、人畜損穢、春秋之祀、亦多怠慢。因茲嘉祥弗降、災害荐臻。言念於斯、情深慙惕。宜仰諸國、莫令更然。

【謹譯】神祇じんぎ祭祀さいしするは、くに大典たいてんなり。誠敬せいけいならんずんば、なにもってかさいわいいたさん。くならく、諸社しょしゃおさめず、人畜じんちく損穢そんわいし、春秋しゅんじゅうまつりも、また怠慢たいまんおおしと。これりて嘉祥かしょうらず、災害さいがいしきりにいたる。こここれおもへば、こころふか慙惕ざんてきす。よろしく諸國しょこくおおせて、さらしからしむることなかれ。

【字句謹解】◯神祇 天神てんじん地祇ち ぎのことで、天地の諸神しょしんの意 ◯國の大典 國として重要する儀禮ぎれい ◯誠敬 心からはっしたまこと ◯諸社修めず 諸方面にある神社じんじゃが破損しても修繕しない ◯人畜損穢し 神社じんじゃ境內けいだいに勝手に人がすまつたり家畜などを養つて尊嚴そんげんをみだすこと ◯春秋の祀 春季と秋季とに行ふ祭事 ◯怠慢 職務を怠つてつつしまない ◯嘉祥降らず 神々かみがみがこの世に幸福こうふくをもたらさないこと ◯災害 一切の不吉なものの意 ◯荐りに臻る 引きつづいて多くきたること ◯慙惕 自分をかえりみて、はぢる。

〔注意〕佛敎ぶっきょうの盛大はその形式化を生じて各種の弊害へいがいかもしたことは前にいた。この風習が神道しんどう方面にも波及して、本勅ほんちょくにある如く、身は神に奉仕しながら、職務を怠る者が當時とうじ多く出た。その類例として、次代の桓武かんむ天皇御代み よに於けるこの種のものをここに一括してげる。神道しんどうに就いては、

(一)宮司じんぐうしとう淸愼せいしんの者をするのみことのり(延曆十七年正月、類聚國史)(二)宗室そうしつけがすを禁ずるの勅(延曆十七年閏五月、類聚三代格)(三)大和國司やまとのこくし怠慢たいまんむるの勅(延曆十八年六月、日本後紀)があり、次に佛敎ぶっきょうかんしては、

(四)わたくしに道場を建つることを禁ずるの勅(延曆二年六月、續日本紀)(五)僧徒そうとむさぼるを禁ずるの勅(延曆二年十二月、續日本紀)(六)緇徒し とととのふるの勅(延曆四年五月、續日本紀)(七)緇徒し と德行とっこうある者をえらぶの勅(延曆四年七月、續日本紀)(八)僧尼そうに浮濫ふらんむるの勅(延曆十四年四月、類聚國史)(九)僧都そうづ簡試かんしするの勅(延曆十七年四月、類聚國史)(十)僧尼そうに濫行らんこう檢察けんさつするの勅(延曆十七年七月、類聚國史)(十一)破戒はかい僧尼そうに糾正きゅうせいするの勅(延曆十七年、十月、類聚國史)(十二)沙門しゃもんほしいまま山林さんりんかくるるを禁ずるの勅(延曆十八年六月、日本後紀)(十三)僧徒そうと簡試かんしかんし下し給へる勅(延曆二十三年正月、日本後紀)(十四)僧侶そうりょ及び國司こくしいましむるの勅(延曆二十三年正月、日本後紀)(十五)檀越だんのち詐稱さしょうを禁ずるの制(延曆二十四年正月、日本後紀)(十六)違法のそうゆる寺塔じとうを修理するの勅(延曆二十四年正月、日本後紀)(十七)僧綱そうごうほうずるの勅(延曆二十四年十二月、日本後紀)(十八)諸僧しょそうがくすすむるの勅(大同元年正月、日本後紀

などがある。宗室そうしつけがすのを禁ぜられたり、そう學問がくもんすすめられたりするのは、勿論もちろんけがすもの、學問がくもんを怠る者のあつたことを前提としなければ考へられない。桓武かんむ天皇御代み よに於いて、僧尼そうにかんして下したもうた詔勅しょうちょくの大部分が違法の禁にあることは、何よりも雄辯ゆうべん當時とうじ佛敎ぶっきょう附纏つきまと弊害へいがいを物語つてゐる。更に、(十九)畝火山うねびやまとう伐損ばっそんを禁ずるの勅(延曆二十四年十二月、日本後紀)などがある。

【大意謹述】天地の神々かみがみを祭ることは、國家にとつて最も大切な儀式である。しかしそれを心から出るまことよって行はなかつたならば、どうしてさいわいることが出來ようか。噂によれば、現在諸地方にある神社じんじゃは破損しても修繕せず、境內けいだいに人が住み、勝手に家畜をはなつて、神聖しんせいけがしてをり、每年まいねん春秋しゅんじゅうに行ふ祭祀さいしも一定の形式を守らない者が多いとのことである。現在、諸神しょしんが國民に幸福こうふくを致さず、不吉なことが多く引きつづいて現はれるのは、全くここに原因があらうと思ふ。ここちんは常に深く神々にたいして申しわけないと考へる。今囘こんかい、諸國に通知して、以後、みぎ狀態じょうたいつづけることを固く禁ずる。

【備考】神官しんかん怠慢たいまんは、神道しんどうの心を十分に知らないで、いつも、自己本位に振舞ふるまふところからる。當時とうじ佛敎ぶっきょう隆盛りゅうせいたいし、神道しんどう振興しんこうにつとめねばならなかつた神官しんかんの一部にかかる墮落だらくを出したのは、要するに、神道しんどうの本質を自覺じかくせぬところから來てゐたとつてよい。天皇は深くこれをなげいて、かくいましめられたのである。