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28-2 大嘗會の日、群臣に下し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

大嘗會だいじょうえ群臣ぐんしんくだたまへる宣命せんみょう(第二段)(天平神護元年十一月 續日本紀

復勅、神等乎方三寶與利不觸物曾止奈毛在。然經末都禮方、佛御法末都利末都流方、諸多知仁伊末志家利。故是以、出家人白衣相雜供奉、豈障事不在天奈毛、本忌之可久方不忌之天、此大嘗聞行宣御命、諸聞⻝宣。

【謹譯】りたまはく、かみたちをば三寶ほとけよりけてれぬものぞとなもひとおもひてあり、しかれどもきょうまつれば、ほとけ御法みのりまもりまつりとうとびまつるは、もろもろかみたちにいましけり。ここもって、いえでしひと白衣しろきぬあいまじはりてつかまつるに、あにさわことはあらじとおもほしてなも、もとみしがごとくはまずして、大嘗おおにえきこしめすとりたまふ大命おおみことを、もろもろきこしめさへとる。

【字句謹解】◯三寶より離けて ほとけかみとを全然別なものとして考へること ◯白衣 出家しゅっけ墨染衣すみそめのころもたいして俗人ぞくじんをいふのだが、ここでは淸潔せいけつな衣服を著用ちゃくようする神職しんしょくを指した ◯障る事 神の尊嚴そんげんをないがしろにすること ◯本忌みし 昔からみ嫌つてゐた。

【大意謹述】更におおせられるのには、一般の人々はかみほとけとを全然切り離して考へ、諸神しょしんほとけとは何の關係かんけいなく、むしろ相互に排斥し合ふもののやうに思つてゐるが、經文きょうもんを見れば、心から佛法ぶっぽうを保護し、これをとうとぶのはじつに我が諸神にましますことが判明する。事實じじつかくの如くである以上、出家と神官しんかんとが共にじはつて朝廷に奉仕したとて決して我が國固有の神々の尊嚴そんげんけがすやうなことはないであらうと考へる。昔から神官しんかんそうみ嫌つてゐた態度を改め、一緒にこの酒宴しゅえん氣持きもちよく致してくれるやうありたい。以上の大御言おおみことを諸神及び一同にきこしめされるやうにと申し上げる。

【備考】敬神けいしん崇佛すうぶつとの思想がここに至つて一つにけ合つたことが感ぜられる。ただ神道しんどうの立場から見るもののうちには、かみしゅとしぶつかくとさるるならば、一そう意義があらうといふものもある。要するに佛敎ぶっきょう如何い かに全盛の世でも、神道しんどうげんとしてその本質・勢力をおのづから維持したのであつた。