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27 由紀・須伎二國の守に下し給へる宣命 稱德天皇(第四十八代)

由紀ゆ き須伎す き二國ふたくにかみくだたまへる宣命せんみょう天平神護元年十一月 續日本紀

由紀須伎二國守等、汝多知方、貞、朝廷等之天奉供禮方己曾、國止毛、美濃越前御占、大嘗政事取以奉供良之止念行天奈毛位冠賜久止宣。

【謹譯】由紀ゆ き須伎す き二國ふたくに守等かみどもりたまはく、いましたちは、さだかにあかこころをもつて、朝廷みかどまもりとしてせきそなたてまつればこそ、くにおおくあれども、美濃み の越前えちぜん御占みうらにあひて、大嘗おおなめ政事まつりごとりもちてつかまつるらしとおもほしめしなも位冠くらいかがふりたまはくとりたまふ。

【字句謹解】◯由紀・須伎 大嘗祭だいじょうさいあたつて設けられる祭場さいじょううち、東方にあるものを悠紀ゆ き(本詔の由紀のこと)、西方にあるものを主基す き(本詔の須伎)といふ。當日とうじつ神饌しんせんあらかじ悠紀ゆ き主基す きとに卜定ぼくていされた國郡こくぐんからまいらせるのである ◯貞かに明き心 常にかわらない忠義ちゅうぎに厚い心 ◯關に供へ奉れば せきとは美濃み の不破ふ わ越前えちぜん愛發あらちのことで、共に國司こくしが之を守り固めてゐた。この二かん當時とうじ天下の三かんうちかぞへられてゐた二つである ◯御占にあひて 悠紀ゆ き主基す き國選こくせんには御卜みうらを使用されてゐたからいふ ◯大嘗の政事 大嘗祭だいじょうさいのこと、大嘗祭だいじょうさいとは天皇御卽位ごそくい大禮たいれいおわられたのちの年の新榖しんこくを以て天照大御神あまてらすおおみかみを始めたてまつり、天神てんじん地祇ち ぎ請饗せいきょうされる大祭たいさいのこと。明治以前は、卽位そくいが七月ならばの年、以後ならば翌年に行はれるのが例であつたが、皇室こうしつ典範てんぱんによつて秋冬しゅうとうの間、卽位そくい大典たいてんを京都で行はれた後につづいて行ふものと決定された。

〔注意〕本詔ほんしょう稱德しょうとく天皇重祚じゅうそ大嘗會だいじょうえに就いて、美濃み の悠紀ゆ き越前えちぜん主基す きとされたもので、佛敎ぶっきょう全盛の世にも朝廷の大祭たいさい依然いぜんとして行はれた。なほ、稱德しょうとく天皇重祚じゅうそかんする詔勅しょうちょくには、本詔ほんしょうを除いて次の如きものがある。

(一)神祇じんぎはくじゅさずくるのみことのり天平神護元年十一月、續日本紀)(二)大嘗會だいじょうえの日、群臣ぐんしんに下し給へる宣命せんみょう天平神護元年十一月、續日本紀)(三)諸王しょおう及び藤原朝臣ふじわらのあそみ黑紀くろき白紀しろきたまふの宣命せんみょう天平神護元年十一月、續日本紀

【大意謹述】今囘こんかい大嘗祭だいじょうさい悠紀ゆ き主基す きに選定された二こく國守こくしゅどもにおおせられる。なんじたちは常々から厚い忠義心ちゅうぎしんを以て朝廷守護のため各關所せきしょに固め守つてゐたからこそ、多くの國のうちから、美濃み の越前えちぜんとが神の御意ぎょいかなひ、この大嘗會だいじょうえ神饌しんせんたてまつる役に任ぜられたのであらう。

 以上の思召おぼしめしにより特にくらいかんとをたまよし諸神しょじんの前で誓言せいげんする。

【備考】當時とうじ關所せきしょは、軍事上、重要な役目を負擔ふたんしてゐた。したがつて、朝廷でも、その方面の官吏かんりに重きを置かれたのである。大嘗會だいじょうえあたり、光榮こうえいある役目を命ぜられた美濃み の越前えちぜん關守せきもりは、深大じんだい皇恩こうおんに感激し、心から奉仕した事と拜察はいさつされる。