17 敬神崇佛に就て七道諸國に下し給へる詔 聖武天皇(第四十五代)

敬神けいしん崇佛すうぶつついて七どう諸國しょこくくだたまへるみことのり(神龜二年七月 續日本紀

除寃祈祥、必憑幽冥、敬神尊佛、淸淨爲先。今聞、諸國神社社內、多有穢臰、及放雜畜。敬神之禮豈如是乎。宜國司長官自執幣帛、愼致淸掃、常爲祭事。又諸寺院限、勤加掃淨、仍令僧尼讀金光明經。若無此經者、便轉最勝王經、令國家平安也。

【謹譯】寃えんのぞしょういのるは、かなら幽冥ゆうめいり、かみけいほとけたっとぶは、淸淨せいじょうさきとなす。いまく、諸國しょこく神祇社じんぎしゃうちに、おお穢臰わいしゅうあり、雜畜ざっちくはなつ。敬神けいしんれいあにかくごとくならむや。よろしく國司こくし長官ちょうかんみずか幣帛へいはくり、つつしみて淸掃せいそういたし、つね祭事さいじをなすべし。またしょ寺院じいんげんつとめて掃淨そうじょうくわへ、なお僧尼そうにをして金光明經こんこうみょうきょうましめよ。きょうなきものは、便すなわ最勝王經さいしょうおうきょうてんじ、國家こっか平安へいあんならしむべきなり。

【字句謹解】◯寃を除き 無實むじつつみすなわわざわいを除き去ること ◯祥を祈る 福德ふくとくいのる ◯幽冥に憑り 幽冥ゆうめいは別世界、ここではかみを意味する、るはたよる意、この世の人々がわざわいを除いたり、幸福を求めたりする時には、必ず天地の諸神に自分のまことを示していのらなければならないことをいつたもの ◯淸淨 せいは神に係り、じょうほとけに係ると見てよい、神にいのる場合には身をきよめ、ほとけに願ふ時には心をきよめて奉仕する意 ◯穢臰 わいはけがれたもの、しゅうしゅうと同じで臭氣しゅうきはっするもの ◯雜畜 いろいろの家畜 ◯國司 大化たいか改新かいしん以後、日本六十六こく及び二とうに置いた地方官で、かみすけじょうもくなどの職員があつた ◯長官 伊勢い せ大神宮だいじんぐう禰宜ね ぎ長首かしらをいふことばであるが、ここでは各神社じんじゃに於ける神主かんぬしおさを意味する ◯淸掃を致し あらゆる意味での穢汚物わいおぶつを一掃して土地をきよめる ◯諸寺院限 諸寺院の區域內くいきない ◯金光明經 大乘だいじょう方等部ほうとう攝屬しょうぞくで四ほうぶつ隨喜ずいき護念ごねんから壽量無際じゅりょうむさい善神ぜんじん護持ご じ王法正論おうほうしょうろんなどがいてある。內容は十九ほん異譯本いやくぼんが多い。古來こらい鎭護ちんご國家こっか妙典みょうてんとして尊重せられてゐる ◯最勝王經 十かん三十一ぽんあつて、とう義淨ぎじょう三藏さんぞうやくしたもの ◯轉じ 轉讀てんどくすること、轉讀てんどくとは重要な部分だけをよみする意。

〔注意〕聖武しょうむ孝謙こうけん兩朝りょうちょうは、佛敎ぶっきょうが空前に發展はってんした時代で、聖武しょうむ天皇みずから三ぽうやっこしょうせられた程であるが、仔細しさい觀察かんさつすれば、必ずしも神道しんどうを全然かえりたまはなかつたのではない。本詔ほんしょう聖武しょうむ天皇神祇じんぎ崇拜すうはいの一端を示されたものとして注意される。その後半に佛敎ぶっきょうかんした內容が述べられてあるのは、當時とうじの時代そうをあらはしたものとかいよう。今、兩朝りょうちょうに於ける佛事ぶつじの記載はあまりに有名なので之を略し、神祇じんぎ崇拜すうはい事實じじつを略述する。

(イ)聖武 (一)神龜しんき二年七月には本詔ほんしょうを七どう諸國しょこくに下された。(二)同三年七月には幣帛へいはく石成いしなり葛木かつらぎ住吉すみよし賀茂か もの諸神社じんじゃたてまつつた。(三)同六年には神龜しんきずい神祇じんぎ御旨みむねによるとして天平てんぴょう改元し、諸國にれいして天神てんしん地祇ち ぎを祭り、祝部ほうりべには同年の田租でんそめんぜられた。(四)天平てんぴょう二年には伊勢大神宮いせおおじんぐう奉幣使ほうへいしに五位以上の卜⻝者うらはみびとを任じ、六位以下を用ひてはならぬと嚴命げんめいされた。(五)同六年四月には地震のために損じた神社じんじゃけんした。(六)同九年二月に新羅しらぎ無禮れいさま伊勢い せ神宮じんぐう香椎宮かしいのみやなどに奉告ほうこくし、畿內きない及び七どうに使者を派遣して諸社しょしゃを造らせた。(七)同十二年に藤原廣嗣ふじわらのひろつぐそむくと、治部卿じぶきょう三原王みはらおうに命じて伊勢に奉幣ほうへいせしめ、大將軍たいしょうぐん大野東人おおぬのあづまびとみことのりして八幡宮はちまんぐう戰勝せんしょういのらせた。(八)同十三年正月には、伊勢大神宮いせだいじんぐうと七どう神社じんじゃとに奉幣ほうへいし、都を山背やましろ恭仁郷くにのごううつむね奉告ほうこくした。(九)同二十一年には陸奥むつのくにが黄金をこうしたので、七どう諸社しょしゃ奉幣ほうへいして之を告げしめた。

(ロ)孝謙 (一)天平てんぴょう勝寶しょうほう元年には宇佐う さまんを京に迎へて梨原なしはらの新殿に安置し、大神おおかみに一ぽん比賣神ひめがみに二ほんを授け、同二年には大神おおかみ比賣神ひめがみとに封戸ふ こ位田いでんを寄進された。(三)同六年十月には太宰府だざいふに命じて管內かんない山崩やまくずれ鎭祭ちんさいせしめた。(四)同七年十一月には少納言厚見王あるみおうを伊勢神宮につかはして、太上だじょう天皇御不豫ご ふ よ平癒へいゆいのらせられた。(五)天平てんぴょう寶字ほうじ元年四月の『皇太子をはいするのみことのり』の中に「神明しんめいいのり」云々うんぬんの句がある。

【大意謹述】人々が無實むじつの罪の如き禍害かがいを除き、福德ふくとくいのるには、必ずこの世にいまさない幽冥ゆうめいの神々にたよらなければならぬ。思ふに神祇じんぎを尊敬し、ほとけ崇拜すうはいするには、すべてのけがれを去つて沒我ぼつがの心境となるのが第一である。噂によれば、現在諸國の天神てんじん地祇ち ぎを祭つてある神社じんじゃ境內けいだいにはけがらはしく、又臭氣しゅうきはっするものが多く、いろいろな家畜などを無制限に放つてあるとのことである。これが一たいかみうやま禮儀れいであらうか、ゆえに各國の長官や各神社じんじゃ神主かんぬしおさは、みずから神にほうじ、幣帛へいはくをとつて、一切のけがれたものをはらきよめ、常につつしんでれいしたがつて神を祭らなければいけない。同樣どうよう諸處しょしょにある寺院の區域內くいきないも、出來る限り注意してきよくするがよい。その上で、僧尼そうに金光明經こんこうみょうきょうませる。しこのきょうがなければ、金光明こんこうみょう最勝王經さいしょうおうきょうの重要な部分だけしょうしても差支さしつかえはなく、それにつて我が國家を平和に、國民を安堵あんどさせるやうにいのつてほしい。

【備考】この時代に神佛しんぶつあわはいするといふ傾向を生じて來たことが、右の勅語ちょくご拜讀はいどくしてわかる。日本精神せいしんの立場からすると、神道しんどうしゅ佛敎ぶっきょうかくといふ風に水戸學みとがくなどでは、解釋かいしゃくしてゐる。國學こくがくにおいてもまた大體だいたい同樣どうようである。が、かうした區別くべつおごそかに守ることは却々なかなか、むづかしかつたらしく、最後には、佛敎ぶっきょう勢力が、神道しんどうよりもずつと伸びたのである。