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16 僧尼の妄に別音を作すを停むるの詔 元正天皇(第四十四代)

僧尼そうにみだり別音べついんすをとどむるのみことのり(養老四年十二月 續日本紀

釋典之道、敎在甚深。轉經唱禮、先傳恒規、理合遵承、不須輙改。比者或僧尼、自出方法、妄作別音、遂使後生之輩、積習成俗、不肯變正。恐汙法門從是始乎。宜依漢沙門道榮・學問僧勝曉等、轉經唱禮、餘音竝停之。

【謹譯】釋典しゃくてんみちおしえはなはふかきところにあり。きょうてんらいとなふるには、恒規こうきつたへ、遵承じゅんしょうがっし、すべからくたやすあらたむべからず。比者このごろ僧尼そうにみずか方法ほうほういだし、みだりに別音べついんし、つい後生ごしょうやからをして、積習俗せきしゅうぞくさしめ、變正へんせいがえんぜず。おそらくは法門ほうもんけがすこと、れよりはじまらんか。よろしく漢沙門かんのしゃもん道榮どうえい學問僧がくもんそう勝曉しょうぎょうり、きょうてんらいとなへ、餘音よいんならびにこれとどむべし。

【字句謹解】◯釋典の道 佛敎ぶっきょうく道の意 ◯經を轉じ 經文きょうもん轉讀てんどくする 轉讀てんどくとは重要な部分だけをむこと ◯禮を唱ふる ほとけ禮讃らいさんする文句を唱へる ◯恒規 一般の規定 ◯理は遵承に合し 讀經どきょう傳統性でんとうせいすなわ在來ざいらいの方法をく守ること ◯自ら方法を出し 勝手に從來じゅうらい讀經どきょう方法を破る事 ◯後生の輩 後輩のこと ◯積習俗を成し 誤つた方法を毎囘まいかい繰返してゐるうちに、それを正しいと思つて人々につたへるやうになる意 ◯法門 佛敎界ぶっきょうかいの意 ◯道榮 屢々しばしば降雨をいのつて、功驗こうけんを示したので、おおいに重んぜられた。れは、讀經どきょうに長じてすこぶる巧みであつたとつたへられてゐる ◯餘音 正しくない讀經法どきょうほう

【大意謹述】佛敎ぶっきょうの道の根本は非常に深いところにある。ゆえ僧尼そうに經文きょうもんの重要な箇所かしょみしたり、ほとけ禮讃らいさんしたりする際には、第一に一般に承認された規定にしたがひ、ほとけを十分崇拜すうはいして眞面目ま じ めにそのおしえひろく諸方面につたへることに專心せんしんし、勝手に讀經どきょうの方法をへてはならない。しかるに近頃一部の僧尼そうに中には、理由もなくして從來じゅうらいの規定を無視む しし、勝手にの方法で讀經どきょうして、結局、それにしたがふ人々が誤つた方法を正當せいとうと思ひ込み、何といはれても改めなくなつた者がある。多分、佛敎ぶっきょうけがすことは、この者共ものどもから始まらう。ゆえちんは、その矯正きょうせいを考へ、ただちに支那し なから來た道榮どうえい、及び學問僧がくもんそう勝曉しょうぎょうなどの手で、經文きょうもんの重要な部分のみ方、禮讃らいさんおんの呼び方を正しくさせ、そののものはすべて禁止することを命ずる。

【備考】佛敎ぶっきょうしんに理解しないで、表面から佛敎ぶっきょうの形式、すなわ僧尼そうにかおの美しさ、誦經ずきょうこえやリズムのさ、僧衣そうい美麗れいさなどに好奇心を持つた當時とうじの大部分の佛敎ぶっきょう信者の心理を、づ第一に知つてゐたのは僧尼そうにであつた。だからこの人々は何等かの方法で信徒しんとの好奇心を滿足まんぞくさせることが、深遠しんえんおしえくよりも必要で、より多くの施物せぶつる原因ともなつた。ここに至つて、佛敎ぶっきょうの形式化は一そう深められたのである。