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12 陰雨を祈禳するの詔 持統天皇(第四十一代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

陰雨いんう祈禳きじょうするのみことのり(五年六月 日本書紀

夏陰雨過節、懼必傷稼。夕惕迄朝憂懼、思念厥愆。其令公卿百寮人等、禁斷酒宍、攝心悔過。京及畿內諸寺梵衆、亦當五日誦經。庶有補焉。

【謹譯】なつ陰雨いんうときたがへり。おそらくはかならやぶらむ。ゆうべおそれてあしたいたりてうれおそれ、あやまちおもおもふ。公卿こうけい百寮人等もろもろのつかさびとらをして、酒宍しゅにく禁斷きんだんし、こころおさあやまちをいしめよ。きょうおよ畿內きない諸寺しょじ梵衆ぼんしゅうも、またまさに五きょうせよ。ねがはくばしるしあらむ。

【字句謹解】◯陰雨 長雨のこと ◯節に過へり 時期と一致しない、この氣節きせつに適せない程長い間雨の日がつづくこと ◯稼を傷らむ 農夫の收穫しゅうかくが平常通りゆかないであらう ◯夕に惕れ この異變いへんは必ず天が何か御不滿ごふまんのために起したのであるから、每夕まいゆう天皇が御自身を反省されたまふこと。〔註一〕參照 ◯ 自己の行爲こういが道に合はないこと ◯酒宍 ししは肉の古字こ じで、酒類しゅるいと肉類のこと ◯京及び畿內 畿內きない皇都こうと周圍しゅういの國々の意で、ここでは大和やまと河內かわち和泉いづみ攝津せっつ等を指す ◯梵衆 一般に僧侶そうりょを意味した語 ◯ その結果見るべきものがあらう。ここでは、それにつて長雨がやむであらうとの意。

〔註一〕異變 陰雨いんう陰陽いんようの不調和からはっした一現象で、天神あまつかみがこの國土こくどの人々に反省をあたへるための一方法として生じた現象と考へた。ゆえに身をつつしんで神にいのるのは、神の御意志を知るのが目的で、それにつて神慮しんりょを知り、天皇をはじめたてまつり國民一般があやまちいた時、天神あまつかみは雨をめられるのであると考へられた。天皇朝夕ちょうせき反省されるのは全く神慮しんりょを知ることにあり、天變てんぺん地異ち いが消失するのは、それが神に通じた結果であることは、本篇でのち謹述きんじゅつする降雨こうういのみことのりいくつかと同一に考へられる。

【大意謹述】本年の夏には例年に見ない程雨がつづいて多く降る。多分この結果、秋の收穫しゅうかくおおいに減ずるであらう。ちんはそのめに每夕まいゆう自己を反省し、朝每あさごとにはその日の自分をこの上もなくおそつつし神慮しんりょに合はないことがあるまいかと常に深く考へてゐる。宮廷に奉公する公卿く げ及び百かんの人々も、ちんの意をたいし、酒類さけるい・肉類のすべてをち、つつしみの心を持つてあやまちい改めることをおこたつてはならない。又、皇都こうとを中心とした諸國の寺々に居る僧侶そうりょは、この陰雨いんうめる目的で五日間經文きょうもんむがよろしい。その結果は必ず效果こうかを見せるであらう。

【備考】本詔ほんしょうから我々は、(一)當時とうじ佛敎ぶっきょうすでに形式に流れてゐたこと、(二)神佛しんぶつ混合思想を生じはじめたこと、(三)佛敎ぶっきょう神道しんどうの領域を次第におかしはじめたことなどを知りる。なほ、持統じとう天皇時代に廣瀨大忌神ひろせのおおいみのかみ龍田風神たつたのかぜのかみとを祭られたこと、及び『笥飯神けひのかみほうすのみことのり』(六年九月、日本書紀)のあることを一げんして置く。