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7 僧尼を推問するの詔 推古天皇(第三十三代)

大日本詔勅謹解4 神祇佛敎篇

僧尼そうに推問すいもんするのみことのり(三十二年四月 日本書紀

夫出家者、賴歸三寶、具懷戒法。何無悔忌、輙犯惡逆。今朕聞、有僧以毆祖父。故悉聚諸寺僧尼、以推問之、若事實者、重罪之。

【謹譯】出家しゅっけせるものひたふるに三ぽうりて、つぶさ戒法かいほうたもつ。なんむことなくて、すなわ惡逆あくぎゃくおかすべき。いまちんく、そうありて祖父そ ふつと。ゆえあまね諸寺しょじ僧尼そうにつどへて、もっかんがひ、事實じじつならば、おもこれつみせむ。

【字句謹解】◯出家せる者 家を出てそうとなつた者、そうには家はないので、そうとなるには一切の血緣けつえんち切るために、我が身だけで家族から離れなければならなかつた。このゆえ出家しゅっけそうの意となる ◯賴に ただそれのみにの意 ◯三寶 ぶつほうそうと ◯戒法 僧尼そうにに禁ぜられたおこない。五かいあるいは七かい、十かいとして世に知られてゐるたぐいのもの ◯惡逆 長上ちょうじょうを尊敬するのは一般の人々へのおしえであり、特にそうにとつて守らなければならないものだつた。それを犯したので惡逆あくぎゃくふ文字を使用されたのであらう。ぎゃくは道理にさからつたものの意 ◯毆つ 何か物でなぐること。ここでは斧でなぐつたのである ◯推へ問ひ 事實じじつであるかいなかを問ひたしかめる ◯重く之を罪せむ これは僧尼そうに全體ぜんたいにも相當そうとうの罪を加へようとされたこと。

〔注意〕『推古紀すいこき』には、このみことのり後文こうぶんに、「すなわ惡逆あくぎゃくそう及び諸尼しょにならびにまさつみせられむとす」とある。祖父そ ふを斧でなぐつたといへば、その結果祖父そ ふは死に至らなくても、明らかに殺人罪しか尊上そんじょう殺人にあたり、特に僧侶そうりょが加害者とあつては、問題は佛敎ぶっきょう全體ぜんたいに及び、盛大になつた佛敎ぶっきょう衰運すいうんおもむかせる結果とならうとも考へられる。ゆえ本詔ほんしょうは日本佛敎ぶっきょう史上に今まで注意されてゐない重大事件で、百濟くだら觀勒かんろく上書じょうしょして次のやうに哀願あいがんしてゐる。「佛法ぶっぽう印度いんどから支那し な傳來でんらいして三百年、支那し なから百濟くだらに來て百年、それから日本につたはつて百年をりませぬ。この短い間に僧侶そうりょの全部がすべて正しい行動のみを致すとは考へられぬではありませぬか。佛戒ぶっかいに慣れないために今囘こんかい惡逆あくぎゃくを犯した者を出したのであつて、そう全體ぜんたいにその罪が及ぶとなれば、日本の僧尼そうには今後一日もやすんじて生活出來ないことになります。どうかこのてん御叡慮ごえいりょれられて、惡逆あくぎゃくを犯した以外の僧尼そうにを全部ゆるし、罪に問はないで下さいませ。これは非常な功德くどくとなりませう」と。天皇はその結果、觀勒かんろくげんれられ、今後僧尼そうにの行動を監督するために、僧正そうじょう僧都そうづを任命し、この事件は落著らくちゃくしたのである。なほ、當時とうじ日本に佛寺ぶつじは四十六所、そうは八一六人、尼は五六九人、合計一三八五人あつたと本紀ほんぎに記してある。

【大意謹述】一たい血緣けつえん執著しゅうちゃくことごとく去つて出家した者は、ただ一心に佛法僧ぶっぽうそうの三ぽう歸依き えし、一定の戒法かいほうを正確に守つてゐるべき筈である。ところが、平素云爲うんいを反省することもなく、惡逆あくぎゃく行爲こういすに至つては、僧侶そうりょとしての價値か ちが全くないと言つてもよろしからう。近頃、一人のそうが斧で祖父そ ふなぐつたとの噂がちんの耳に入つた。そうとしてあるべからざるこの噂を朕は信じてよいものかどうか、迷つてゐる。このゆえ諸寺しょじ僧尼そうにを一度に捕へ、事實じじついなかを調査して、事實じじつであつたならば、犯人は勿論もちろん僧尼そうに一同も相當そうとうに重く處罰しょばつする考へである。

【備考】佛僧ぶっそうに伴ふ弊害へいがいが、最早もはや、この時代から相當そうとう發生はっせいしたことがわかる。一つは性質のよくないものが輕々かるがるしく僧侶そうりょとなり、ただ一身の安樂あんらくを計る目的以外何ものもなかつたことなどが、弊害へいがいみなもとしたものと思はれる。

 今、佛敎ぶっきょう弊害へいがいなるものを分析して見ると、弊害へいがい主因しゅいんは、僧侶そうりょと信者とにあり、皮相ひそう小乘敎しょうじょうきょうにある。大乘だいじょう佛敎ぶっきょうそのものには、少しの罪もなく、缺點けってんもない。ただ本來ほんらいの性質が、絕對ぜったいに個人成佛じょうぶつを目的としてゐるてんだけが國家的でないだけだ。それも日本では、國家化されたとすれば、大乘だいじょう佛敎ぶっきょうには、何ら弊害へいがいかもすべきてんがないとへるであらう。ところが、小乘しょうじょう佛敎ぶっきょうになると、左樣そ うはいへない、方便ほうべん權說ごんせつを主とし、地獄・極樂ごくらくき、假空かくうの不可思議せつが多い。のみならず、因果律いんがりつ惡用あくようして人々を威嚇いかくしたり、飜弄ほんろうしたりする、それも、目的は、人々の成佛じょうぶつにあるが、その影響・感化は、決してよくない。人間を愚昧ぐまいならしめ、臆病ならしめる。ここによし目的はよからうとも、方便・權說ごんせつかえって人間を厭世えんせい的・悲哀的にならしめてゐる。

 ぎに小乘敎しょうじょうきょうと共に、弊害へいがいの有力なみなもとしてゐたのは僧侶そうりょだつた。彼等は、佛陀ぶっだの威力を看板にして、信者を操り、自家の威福いふくすことに專心せんしんしたのである。まこと佛陀ぶっだ本懷ほんかいを知り、その救世きゅうせいの悲願を知るならば、當然とうぜん、三がいしょに甘んじなければならぬ。樹下じゅか石上せきじょうまくらして、水をみ、粗飯そはんきっするの境界きょうがいやすんじなくてはならぬ。淸淡せいたん、水のやうな生活をして、救世きゅうせいの悲願を貫くべきである。ところが、僧侶そうりょの多くは、この事をさず、利慾りよくを主とする俗人ぞくじん以上に、福利ふくりを求め、日夜、それをあさつてやまなかつた。のみならず、享樂きょうらく生活においても僧尼そうに共に惑溺わくできして、佛陀ぶっだの理想を裏切つたのである。ゆえ佛敎ぶっきょう弊害へいがいといつても、大部分は僧侶そうりょ墮落だらくを意味し、大乘だいじょう佛敎ぶっきょうの本質には、何らかわるところも、墮落だらくいんもない。

 以上の如く、佛僧ぶっそう墮落だらくしたのは、一は信者の罪である。當時とうじの信者の多くは、佛敎ぶっきょうの本質を理論的に知つてゐない。大抵たいてい祈禱敎きとうきょうとしての佛敎ぶっきょうを知つてゐるだけとどまつてゐた。したがつて、その祈禱きとう效果こうかを過信する結果、過度に佛僧ぶっそうを優遇し、彼等をして、慢心まんしんして我儘わがままな生活をさしめる上に、あずかつて力があつた。すなわ佛敎ぶっきょうの本質を知つたものは、極少く、佛敎ぶっきょう皮相ひそうを知つて、小乘敎しょうじょうきょう方便ほうべん權說ごんせつにすら歸服きふくし、これを佛僧ぶっそうをすぐに小佛陀しょうぶっだの如く、思ひしたことが、何よりもわるかつた。したがつて、佛僧ぶっそうらは、それをいことにして、いろいろの術策じゅっさくろうし、榮位えいい名譽めいよ・黄金・戀愛れんあい等の不斷ふだん追求者ついきゅうしゃとなり、一種の常習犯となつた。當時とうじ淫祠いんし邪刹じゃさつの如きも、多くは、右の如き理由によつて、出來たのが、後世に及んで、無數むすうとなつたのである。

 かう考へると、大乘だいじょう佛敎ぶっきょうには、何の罪もない。その內容は、幾分、日本國民性と一致しないところを有するとも、立派なものといへる。ところが、小乘敎しょうじょうきょうあまりに方便ほうべん權說ごんせつとらはれために、かえっくすりきすぎて、いろいろの弊害へいがいかもし、光明こうみょう的・前進的な日本國民に哀世あいせい的・退嬰たいえい的な考へを吹込んでしまつた。加ふるに、佛僧ぶっそうの多くは、自己の使命を忘れて極端に俗化ぞっかし、救世きゅうせいの悲願をまるで抛棄ほうきしてかえりみなかつた。かうした僧侶そうりょ巧辯こうべんを信じて淨財じょうざい寄附き ふした信者らも、その弊害へいがいつて來るところを察しないでただ皮相ひそう歸依き えに走つてしまつた。佛敎ぶっきょう弊害へいがいしょうせらるるものの內容を分析すると、大體だいたい、以上の如くである。これを以て、佛敎ぶっきょう全體ぜんたい解釋かいしゃくしようとするのは妥當だとうでない。大乘だいじょう佛敎ぶっきょうの內容の優越したこと、小乘敎しょうじょうきょうなどとことなつて、立派な理論が構成されてゐることを知らねばならぬ。水戸み と學派がくは國學者こくがくしゃらは、この區別くべつを知らないで、一がい佛敎ぶっきょう排擊はいげきしたのは、理論的に見て、ほ不用意をまぬがれなかつたと思ふ。まこと佛敎ぶっきょうを非難せんとならば、大乘だいじょう佛敎ぶっきょうを徹底して研究し、思想・理論の上から周到しゅうとうにそのしか所以ゆえんあきらかにせねばならぬ。