71-4 國際聯盟脫退ノ詔書 今上陛下(第百二十四代)

國際こくさい聯盟れんめい脫退だったい詔書しょうしょ(第四段)(昭和八年三月二十七日)

【謹譯】方今ほうこん列國れっこく稀有け う世變せへん際會さいかいシ、帝國ていこくまた非常ひじょう時艱じかん遭遇そうぐうス。まさ擧國きょこく振張しんちょうときナリ。なんじ臣民しんみんちんたいシ、文武ぶんぶたがい職分しょくぶん恪循かくじゅんシ、衆庶しゅうしょおのおのその業務ぎょうむさいシ、むかところせいミ、おこなフトコロ、ちゅうリ、協戮きょうりく邁往まいおうもっ世局せきょくしょシ、すすミテ皇祖考こうそこう聖猷せいゆう翼成よくせいシ、あまね人類じんるい福祉ふくし貢獻こうけんセムコトヲセヨ。

【字句謹解】◯世變 世のうつりかはり ◯時艱 時局に於ける艱難かんなん ◯擴張 元氣を振ひ起しておおいに緊張する事 ◯恪循 かくつつしむ事、じゅんはしたがふ意、すなわち各自が職分にしたがひ、謹み深く素直にしてゆく事 ◯衆庶 もろもろの民 ◯淬勵 つとめはげむ ◯ 左右いずれにもかたよらず、中庸ちゅうようる事 ◯協戮 きょうりくも共に力を合せる意味 ◯邁往 はげみ進む ◯聖猷 ゆうは道の意、天祖てんそ皇祖こうその示しのこされた大道だいどうの事、ゆうにはまた計畫けいかくといふやうな意味もあるが、ここでは、道とかいしたい。せい神聖しんせいの意、すなわ神聖しんせい皇道こうどうといふ事になる ◯翼成 輔佐ほ さ成就じょうじゅする ◯福祉 幸福こうふくに同じ。ふくも共に、さいはひの事。

【大意謹述】現在、世界各國はいずれもかつて見たことがないほどの激しい世變せへんに出逢ひ、いかに善處ぜんしょすべきかに苦心しつつある。日本もまたそれにひとしい世變せへん眼前がんぜんに見て、時局極めて多難である。かうした難局をきりけてゆくことは、しんに容易でないから、まさに國民全體ぜんたいが元氣を振ひおこし、非常に緊張しなければならぬ重大時期と思ふ。臣民しんみんよ、このてんを考へて、ちんが時局に善處ぜんしょせんとする意をみ取り、おおい奮發ふんぱつしてほしいものである。すなわ文武官ぶんぶかんは、各自その職務について謹み深く、責任をつくし、一般人民は互ひにその業務とするところに努めはげむべきである。それについて考へなければならぬのは、精神せいしん・態度の事だ。その方針は、何處ど こまでも正義の精神せいしん立脚りっきゃくし、せいを守り、せいを養ふ心がけがなくてはならぬ。また行實こうじつの上においては、何處ど こまでも、中庸ちゅうようの態度を失はず、一方にかたよつたり、軌道をだっしたりすることを避けねばならぬ。かうして各自が力を合せて、手を執り、中正ちゅうせいの道めがけて、はげみ進んで、未曾有み ぞ う世變せへん善處ぜんしょしてゆくことが、何より肝要かんようである。かく誠意せいい誠心せいしんを以て歩むと共に、ほ更に進んで、皇祖こうそ及び先代の天子たちが指示せられた偉大な、神聖しんせい皇道こうどう輔佐ほ さし、成就することを念とし、あまねく世界の人類が幸福な生活をつづけてゆくやう、人道的貢獻こうけんすべきことを期待してほしい。

【備考】ここに述べられた大御心おおみこころ拜察はいさつすると、いよいよ感激を深める。かく迄周到に配慮あらせられ、正しく國民を導いてゆかうと懇切こんせつ御言葉みことばたまわつた以上、わたくしらは、何處ど こまでも緊張し、精勵せいれいして、中正ちゅうせいの道に邁進まいしんしなくてはならぬ。中正ちゅうせい!それが日本精神せいしんである。右にへんしたり左に傾いたりせず、中正ちゅうせいの道を堂々と歩んでゆく。そこに日本精神せいしんの本質がある。

 先般せんぱん、日本帝國が國際こくさい聯盟れんめいから脫退だったいしたとき、經濟けいざい封鎖にくるしめられるとか、南洋なんよう委任統治抛棄ほうきせねばならぬとか、日米戰爭せんそう・日英戰爭せんそうが起り、結局、世界大戰たいせん迄ゆかねばやまぬとか、いろいろ憂慮したものがあつた。けれども、左樣そ うした杞憂きゆう今日こんにちぼ解消してしまつた。ただ一部のジヤアナリストが、大衆の興味をそそるために、誇大な小說的記事を濫造らんぞうしてゐるだけとどまつてゐる。けれども日本の自主外交、満蒙まんもうに於ける進展、及びその實力じつりょく充實じゅうじつしてゐるといふ事(特に武力戰に長ずる事)について、歐米おうべいえず嫉視しっし憎惡ぞうおまなこを向けてゐることを否定するわけにゆかぬ。アメリカが國際こくさい聯盟れんめい操縱そうじゅうの上に示した態度は、明白にそれを證明しょうめいした。イギリスの如きも、いろいろのてんから日本を嫉視しっしし、「排日はいにちかげには必ずイギリスの策動がある」と噂されてゐる。現に印度インドを通じて日本に經濟けいざい壓迫あっぱくを加へ、しかも表面素知らぬかおをしてゐるのは、イギリスだ。その他、フランスにしても、ドイツ・イタリイにしても、どの程度迄日本に好意を有するかは、現在、疑問としなければならぬ。それゆえ、たとへ經濟けいざい封鎖に逢はず、武力干渉に接せずとも、日本は今後いろいろの妨害に遭遇する覺悟かくごで、緊張しなくてはならない。勅語ちょくごおおせられてゐる如く、全く「擧國きょこく振張かくちょうとき」である。

 ところが、現在、日本の狀態じょうたいはどうか。一部には、歐米おうべい追隨ついずいの奴隷根性をいだリベラリスト跳梁とうりょうしてゐる。他方には、投機に熱中し、享樂きょうらくに溺れた一ぐんがある。更にいま赤化せっか惡風潮あくふうちょうとらはれたものがをつて、國內の統一を破壞はかいし、混濁色こんだくしょくを濃厚にしつつある。したがつてしん中正ちゅうせいの態度・精神せいしんに目ざめて、緊張を持續じぞくしつつ進まうとするものは極少數ごくしょうすうの一だんに過ぎない形である。こんな具合で、どうして、この空前の難局をきりけることが出來ようか。

 それゆえ今上きんじょう陛下は「なんじ臣民しんみんちんたいシ、文武ぶんぶたがい職分しょくぶん恪循かくじゅんシ、衆庶しゅうしょおのおのその業務ぎょうむ淬勵さいれいシ、むかところせいミ、おこなフトコロ、ちゅうリ、協戮きょうりく邁往まいおう」すべき旨を命ぜられた。更に今後、日本國民は高い理想の炬火きょかかかげ、それを目ざして、一大行進をしなくてはならない。鉅額きょがくの金をようして不景氣にくるしみ、またきん保有量があまり多いめに自繩じじょう自縛じばくおちいつた歐米おうべいの二三强國きょうこくは、その進みゆく前途に、最高理想の標的がないことがわざわいしてゐるのだ。しゅうし、とらはれ、極端に金の奴隷となり終るが如き有樣ありさでは、しん經濟けいざい的に救はれることが出來ない。かの世界經濟けいざい會議かいぎの決裂は、そこに各國代表者間に一個最高の理想が存在せぬことにもとづくところがないとはへまい。

 日本はみちくにである。道義どうぎ建國けんこくを以て標識とする。今上きんじょう陛下が「聖猷せいゆう」とおおせられたのが、すなわちそれであると拜察はいさつする。仁愛じんあい・正義・叡智えいちの三つを兼ね備へた天地の公道こうどう天人てんにんにょ大義たいぎを世界にひろめてゆくといふのが「聖猷せいゆう」である。日本國民は、道の翼賛者よくさんしゃとして國內の福祉ふくしのために、おおに努めるばかりでなく、進んで人類の福祉ふくしに何らかの貢獻こうけんをしようといふ最高の理想をあおいで進みゆくべきである。すなわ今上きんじょう陛下の誠意を身にたいして、中正ちゅうせいの態度で、一大行進をすべきである。進め!人々。それについては、全國民が一切の利己的な考へから離れ、國家奉仕・社會しゃかい奉仕の誠意を以て、生活しなくてはならぬ。更に個々に分裂し、無用のあらそひをなすことをやめて、く一致團結だんけつし、あらゆる困苦こんく、あらゆる艱難かんなんにも、屈しない意氣い きを振ひおこさなくてはならぬ。ことに思想上、日本國體こくたい尊嚴そんげん自覺じかくし、道の主體しゅたい、道の中心が國體こくたいの上に表現せられてゐることを、深く自覺じかくしなくてはいけない。

 中正ちゅうせい公明こうめいの日本精神せいしんここ立脚點りっきゃくてんを置くことが肝要かんようである。在來ざいらいの如く、歐米おうべい模倣もほうや、歐米おうべい追隨ついずいとらはれず、日本精神せいしん發動はつどう、日本精神せいしん昂揚こうようと共に、日本獨自どくじの文化を創造し、建設してゆくことが、困難な世變せへんうちつべき唯一の道である。その第一歩としての自主外交のこえが起つたのは、喜ぶべきであるが、更に自主內治ないち・自主文化といふことを心がけてこそ、始めて日本の純正味じゅんせいみ發揮はっきし、外に向つては、一層鞏固きょうこに平和保障をすことが出來ると同時に、內に向つては、生活の安定・幸福こうふく增進ぞうしんする事となる。それゆえわたくしらは一切の歐米おうべい模倣もほう歐米おうべい追隨ついずいを取除き、自主獨往どくおうの態度に起つべきである。かくしてここに始めて、詔書しょうしょに現はれた聖旨せいし體現たいげんすることが出來よう。