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71-3 國際聯盟脫退ノ詔書 今上陛下(第百二十四代)

國際こくさい聯盟れんめい脫退だったい詔書しょうしょ(第三段)(昭和八年三月二十七日)

【謹譯】しかリトいえどモ、國際こくさい平和へいわ確立かくりつハ、ちんつねこれ冀求ききゅうシテマス。これもっテ、平和へいわ各般かくはん企圖き とハ、向後こうごまた協力きょうりょくシテかわルナシ。いま聯盟れんめいわかチ、帝國ていこく所信しょしんしたがフトいえどももとヨリ東亞とうあへんシテ、友邦ゆうほうよしみおろそカニスルモノニアラス。いよいよしん國際こくさいあつクシ、大義たいぎ宇內うだい顯揚けんようスルハ、夙夜しゅくやちんねんトスルところナリ。

【字句謹解】◯確立 しつかりと立てる ◯冀求 望み願ひ、つ熱心に求める事 ◯企圖 くはだてもくろむ事 ◯渝ル かわるに同じ ◯大義 大なる筋道、すなわ天人てんにんを一貫する大道だいどう ◯宇內 あめのしたすなわち天下、ここでは世界を意味する ◯顯揚 あらはし、かかげる ◯夙夜 朝早く起き、夜おそくぬる事、すなわち朝晩といふ意味 ◯ 常に思ふ義。

【大意謹述】餘儀よ ぎない事情で、日本は國際こくさい聯盟れんめいから脫退だったいしたけれども、そのためには、世界に於ける平和事業より手を引いてしまふのではない。元來がんらいちんは國際間に於ける平和の基礎が一日も早く、しつかりと打建てられんことを願ひ求めてやまない。それゆえ、今後とても、國際こくさい聯盟れんめいに加入してゐた當時とうじと同じく、一切の平和事業にかんするくわだてとか、計畫けいかくとかに向つては、協力することをおしまない。何處ど こまでも十分出來るだけの事をしたいと思ふ。今日こんにちは、最早もはや國際こくさい聯盟れんめいと手をわかつて、東洋平和の根本を長く支持する信念と見解とのもとに、邁進まいしんする事となつたが、左樣そ うした事のために、必ずしも、東方アジアにかたよつて歐米おうべいしょ友邦ゆうほうひややかに見ようといふのではない。無論在來ざいらいとひとしく、懇親こんしんつづけ、誠實せいじつまじわつてゆくことにはかわりがない。したがつて、國際間において、日本は、信用をあつうすることに努力し、進んで、天人てんにんを一貫する大道だいどうを世界に宣示せんじし、これをあらはし、これをかかげ、全世界を平和の樂園らくえんたらしめようとする念願を朝晩、一時も忘れない。

【備考】日本の外交は、從來じゅうらい國際こくさい聯盟れんめい中心主義によつて、動いて來た。といふよりも、より多く歐米おうべい追隨ついずい主義によつて動いて來た。けだし日本が西洋に向つて門戸もんこを開き、公式に外交を開始してから、まだ六十ねんにしかならぬから、歐米おうべいなどにくらべると、外交上、まだ不馴ふ なれのところがある。したがつて歐米おうべい追隨ついずいに流れたのは、むを得ぬが、それをいつ迄も繰返してゐるのは、あまりに不見識ふけんしきである。

 ところが、國際こくさい聯盟れんめい脫退だったいと共に、日本の外交に、一つの新しい時機をかくすべき時が來た。すなわち過去に於ける歐米おうべい追隨ついずいの外交を一切淸算せいさんして、新たな第一歩を踏み出さうとするのである。外務當局とうきょくの見解として、つたへられたところによると、それは(一)自主外交の促進(二)旣存きそん條約じょうやくの尊重(三)平和保障の確立などである。自主外交はふ迄もなく、日本獨自どくじの見解によるかたで、在來ざいらい歐米おうべい追隨ついずい式ではない。いひ換へると、それは日本精神せいしんを中心として動く新外交を意味する。以前は歐米おうべい精神せいしんの動き方を見て、只管ひたすらこれに追隨ついずいしたが、今後は歐米おうべい精神せいしんの動き如何いかんかかわらず、日本は、その中正ちゅうせい公明こうめいを旨とする獨自どくじ精神せいしんに基づき、外交上堂々の歩みをしてゆかうとする。ここに一つの新しいエポツクがかくせられる。

 ぎに日本が、旣存きそん條約じょうやくを尊重するといふことは、あまりにも明白すぎた次第で、要は國際信義を重んずる精神せいしん發露はつろにほかならぬ。更に平和保障の確立といふことについては、第一に日・支・滿まん三國の提携により、極東きょくとうの平和保障のもといを固めようといふのである。その前提として日支にっし親善につとめることが第一の再建事業とせられる。近時きんじ支那し な側においても、國際こくさい聯盟れんめいたのむべからざる事を泌々しみじみさとると同時に、日本と隣交りんこうあたたつ深めてゆかねばならぬことを自覺じかくきたつたやうだ。詩人キツプリングは「西は西、東は東」とつたが、事實じじつ今日こんにちの世界はこの二つに分れようとする形がある。ひ換へると、ヨオロツパはヨオロツパ本位に動き、アメリカはアメリカ本位に動きつつある。したがつて、東洋はいきおひ東洋本位に動かざるを得ない。

 勿論もちろん、理想としては、正義と平和とのもとに世界が一つにひ、「西は西、東は東」とふやうな差別感を一切、除き去らねばならぬが、世界の現實げんじつ却々なかなかこれを許さない。すでにヨオロツパが、ヨオロツパ本位に動くといふ現象のうちには、イギリス・フランスその他、いずれも、自國の利害を中心として動く傾向がいちじるしく、第二のヨオロツパ大戰たいせんを誘ひ出さうといふ形勢に臨んでゐる。この生きた現實げんじつを考へると、當分とうぶん、「西は西、東は東」といふ差別感が取り去られまい。

 したがつて、東洋は當然とうぜん、東洋本位に動かざるを得ないではないか。この場合最も必要なのは、日・支・滿まん三國の握手・親善を實現じつげんすることにあらねばならぬ。滿洲まんしゅうは、すでに日本と十分の諒解りょうかいがある。ただ支那し なと日本の親善は、今後、急速にその再建の歩みを早めねばならない。在來ざいらい支那し なは、歐米おうべいの策略にり、當然とうぜん信賴しんらいすべき日本を疑つたり、わるく思つたりした。そこに支那し なの考へちがひ、見當けんとうちがひがたしかにある。かうした誤りから離れて、支那し な眞心まごころから日本と握手しようとするなら、日本は、これと兄弟のよしみあたためることを最も喜ぶであらう。何となれば、日本と支那し なとの握手により、東洋平和の保障が、始めて確立さるることになるからである。

 右の如く、國際こくさい聯盟れんめい脫退だったいを機として、日本の外交は、今後、自主的に動くこととなつたが、それゆえに、頭から國際こくさい聯盟れんめいを否認しようとするのではない。したがつて、平和事業・文化施設などについては、依然いぜん協力するのみならず、經濟けいざい會議かいぎ勞働ろうどう會議かいぎその他意義ある會合かいごうには、代表委員を派遣し、討議に加はらせる。かうした態度にづる以上、日本は、今後も十分、平和事業の上に貢獻こうけんすることが出來ようし、また國際上、孤立におちいるべき憂へはない。

 ここに注意したいのは、詔勅しょうちょく中、「大義たいぎ宇內うだい顯揚けんようス」とおおせられたことである。そこには、深い意義が含まれてゐることを拜察はいさつする。それは、かつ明治天皇が五箇條かじょう御誓文ごせいもんうちで「天地てんち公道こうどう」とおおせられたのと同じ大御心おおみこころである。大義とは、天地を一貫した大道だいどう天人てんにんにょ眞理しんりにほかならない。詳しくいへば、仁愛じんあい・正義・叡智えいち諸德しょとくを兼ね有した道である。元來がんらい日本は神武じんむ天皇詔勅ごしょうちょく中にある如く、道義を根本とし、中心として建てられた國である。積慶せっけい重暉ちょうき養正ようせいの三大綱だいこうが、道の中心內容をしてゐる。すなわ詔書しょうしょには「皇祖こうそ皇考こうこうすなわしんすなわせいにして、よろこびを積みかがやきを重ね、きわ年所としのついでたり」とあり、また「かみすなわ乾靈國あまつかみくにを授くるのとくに答へ、しもすなわ皇孫すめみませいやしなふの心をひろめ、しかのち六合りくごうを兼ねて以て都を開き、八こうおおひていえとなさむことまたからず」とある。けいとは慶福けいふくの意で、道義どうぎ仁愛じんあいを意味し、重暉ちょうきとは、暉光きこうを重ねることで叡智えいちを意味し、養正ようせいは正義を養ひまもつて、その實現じつげんはげみ進むことを意味する。この建國けんこく勅書ちょくしょによると日本が道のため、正義のため仁愛のために建てられた國であることがわかる。それと共に、道の體現たいげん、道の現實化げんじつかについて、怠りなく邁進まいしんする國であることも、『養正ようせい』の二字によつて了解される。

 道の國日本!ここにわが國の卓越性たくえつせいがある。そして道を地上に實現じつげんし、世界を指導すべき中心とならせられるのがすなわち日本の天皇であらせらる。アマツカミ(天神)の至公しこう至平しへい御心みこころを身にたいして、世界を美化し、眞化しんか善化せんかさるるところの天業てんぎょうについては、これを翼賛よくさんしてゆく日本國民があり、その實現じつげんにふさはしい優美な日本の國土がある。日本は氣候きこうが中和であり、位置が中正であり、山水さんすい秀麗しゅうれいであり、生物が多樣たようであり、しかも自然の天嶮てんけんによつてゐる。

 以上の事に考へ及ぶとき、今上きんじょう陛下が「大義たいぎ宇內うだい顯揚けんようス」とおおせられた御言葉おことばに深い意義が含まれてゐることを拜察はいさつせざるを得ない。國際こくさい聯盟れんめいが、最初から「大義たいぎヲ世界ニ宣揚せんようスル」といふ精神せいしんつならば、ヨオロツパ本位に東洋の問題を曲解きょっかいしたり、自國本位に物を考へて、日本の正當せいとう權益けんえきを妨げたりする筈はない。ところが、國際こくさい聯盟れんめいしきりに平和を高唱こうしょうするばかりで、平和を支持してゆく根本勢力である大義については、少しも考へてゐないやうである。仁愛じんあい・正義・叡智えいちを兼ね備ふる大義の精神せいしん聯盟れんめいの規約を統制してをらぬやうに見受ける。したがつて、とうとく輝やかしくあらねばならない聯盟れんめいの事業も、ともすれば、それが技術化され、功利こうり化されて、そこに大義の宣揚せんようさるるのを見ないのは、大なる遺憾いかんであらねばならぬ。

 聯盟れんめいに加入した歐洲おうしゅう聯盟れんめいを操らうとするアメリカが、如何い かに平和を叫ばうとも、また如何い か人道じんどう高調こうちょうしようとも、それらの國々が、づ道の國であり、道の體現たいげんに努める信念に燃えてゐなければ到底とうてい聯盟れんめいの機能を十分に發揮はっき出來よう筈がない。平和の假面かめんのもとに侵略の手を伸ばし、あるい人道じんどうの看板のもとに利己的な行動を執り、策略をたくましうするやうでは、しんの平和・しん人道じんどうは、永久に實際化じっさいかせられぬであらう。かう考へると、今上きんじょう陛下が「大義たいぎ宇內うだい顯揚けんようス」とおおせられた御言葉みことばうちには、聯盟れんめい當事者とうじしゃが三せいしなければならない深重しんちょうの意義が含まれてゐる。