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71-1 國際聯盟脫退ノ詔書 今上陛下(第百二十四代)

國際こくさい聯盟れんめい脫退だったい詔書しょうしょ(第一段)(昭和八年三月二十七日)

【謹譯】ちんおもフニさき世界せかい平和へいわ克復こくふくシテ、國際こくさい聯盟れんめい成立せいりつスルヤ、皇考こうこうこれよろこヒテ、帝國ていこく參加さんかめいシタマヒ、ちんまた遺緒いちょ繼承けいしょうシテいやしくおこたラス。前後ぜんごゆうねん協力きょうりょく終始しゅうしセリ。

【字句謹解】◯克復 元のやうに取りかへす ◯國際聯盟 これは The League of Nation の譯語やくごで、一九一九年(大正八年、皇紀二五七九年)六月、ベルサイユに於ける世界大戰たいせん終結の平和會議かいぎ開催と共に、國際平和を維持すべき機關きかんの必要を認め、ここ聯盟れんめい規約が出來て成立したのである。その目的は(一)国際平和を確保してゆく事(二)文化的、人道的事業のために、國際間の協力をす事にあつた。現在、聯盟れんめいに加入してゐるのは五十こくで加入してをらぬのは、アメリカ・ロシヤ・コスタリカエクアドルなどの諸國である。アメリカは時の大統領ウイルソンが率先、國際こくさい聯盟れんめいの必要を高唱こうしょうしたのであつたが、議會ぎかい反對はんたいに逢ひ、加入しなかつた。聯盟れんめい機關きかんとして主要なものが三つある。(一)總會そうかい(二)理事かい(三)事務局で、總會そうかい聯盟れんめいの最高機關きかんで、一切の聯盟れんめい加入國の代表者(各三名)を以て組織される。投票けんは各國いずれも一票といふ事になつてゐて、ここでは、世界平和に影響あり交渉ある事柄を一切取扱ふ。理事かい聯盟れんめいに於ける最高の執行機關きかんで、各理事國の代表者を以て組織されてゐる。現在は十四こくから成立つてゐる。常任じょうにん理事國りじこく非常任ひじょうにん理事國りじこくの二種にわかたれ、現在の常任理事國は五こくである。それから事務局は事務總長そうちょうのもとに、多數たすうの事務官、事務員がゐる。一九三〇年(昭和五年)の調査によると、人員六百めい、四十七こくの人々を含んでゐる。聯盟れんめいの任務としては、(一)軍縮縮小につとめる事(二)安全保障―相互の領土保全獨立どくりつとを尊重する事(三)紛爭ふんそう事件の解決に盡力じんりょくする事なぞがかぞへられる。それらの助成機關きかんとして、日本東京に國際こくさい聯盟れんめい協會きょうかいが大正十一年に設けられ、機關きかん雜誌ざっし『世界と我等』『國際平和』などが發行はっこうされた ◯皇考 崩御ほうぎょせられし先代の天子すなわ大正天皇 ◯懌フ よろこぶに同じ ◯遺緒 先代の天子、大正天皇のこし置かれた事業 ◯懈ラス おこたらずに同じ ◯協力 力を合せる事 ◯終始 始めから終り迄、態度を一貫してかわらなかつた事。

【大意謹述】今囘こんかい、日本が國際こくさい聯盟れんめい脫退だったいしたについて、ちんここに感ずるところを國民に告げる、西紀一九一九年(大正八年)に世界大戰たいせんの幕が閉ぢられ、佛國ふつこくベルサイユに於て、講和の事が成立すると共に、國際こくさい聯盟れんめいが出來たとき、國際平和を確保する事業として、先考せんこう大正天皇におかせられては心から之をよろこばれ、日本帝國は欣然きんぜん參加さんかした。その後、先考せんこうほうぜられて、朕が大統たいとうぐと、平生へいぜい、國際平和のために大御心おおみこころつくされた先考せんこう遺業いぎょうを守り、依然、聯盟れんめいのために、最善の力を注いで、少しもその義務・責任を怠つたことがない。かうして昭和八年三月、大義の精神せいしんによつて、國際こくさい聯盟れんめいからむなく脫退だったいする迄、前後十ゆう三年間、始終、平和事業の上において、歐米おうべい列强れっきょうと力を合せ、深厚しんこうの意を致しきたつたのである。

【備考】近時きんじ、日本國民が最も大きい感激を以て、拜讀はいどくしたのは、國際こくさい聯盟れんめい脫退だったい大詔たいしょうである。明治から大正へ、大正から昭和へ、日本が文化の上において、政敎せいきょうの上において、歐米おうべい模倣もほう乃至ないし歐米おうべい追隨ついずいから離れて、獨立どくりつ創造の一路を進まうとするとき、この大詔たいしょうに接したのは、すこぶる意義深いものがある。

 おもふに、明治・大正の時代において、日本は歐米おうべい文化を十分に吸收きゅうしゅうした。したがつて昭和の時代は、歐米おうべい模倣もほう歐米おうべい追隨ついずいから離れて、當然とうぜん、日本獨自どくじの文化をうちつべき使命をになうてゐる。左樣そ うした道が、づ國際方面の上に切り開かれたといふ痛切な感じを一般に及ぼしたのは、今囘こんかい大詔たいしょうであると拜察はいさつする。

 由來ゆらい、日本は建國けんこく以來いらい、正義と平和とを旨として進んで來たことは、神武じんむ天皇詔勅ごしょうちょくによつてあきらかである。明治天皇におかせられても、世界の平和確保について、特に大御心おおみこころをよせられ、

  よものうみみなはらからとおも

     なと波風なみかぜちさわくらむ

  おほつゝのひびきはたえて四方よ もうみ

     よろこひのこえいつかきこえむ

おおせられた。大正天皇國際こくさい聯盟れんめいの趣旨をさんして、日本帝國政府をして、欣然きんぜん參加さんかせしめられた御精神ごせいしんも、やはり、明治天皇御遺業ごいぎょう繼承けいしょうしてゆかせらるる思召おぼしめしからであつたと拜察はいさつする。かうして日本は國際こくさい聯盟國れんめいこくとして、常任じょうにん理事國りじこくとして十三年間、少しのかわりもなく、平和事業に盡力じんりょくした。

 ところが、ここに注意せねばならぬ一がある。元來がんらい國際こくさい聯盟れんめいは、米國大統領ウイルソンの理想主義と英國側の實際じっさい主義とを調和して作成された。その大體だいたいは、南阿なんあ聯邦れんぽう國防こくぼう大佐たいさスマツチ將軍しょうぐん腹案ふくあん骨子こっしとしたものである。日本全權ぜんけん當時とうじ、世界平和を重んずる精神せいしんによつて、人種的差別待遇撤廢案てっぱいあん聯盟れんめい規約の中へ挿入するやう、熱心に主張したにかかわらず、英米二國が中心となつて、これに反對はんたいしため、否決の運命を見た。この一を以てするも、國際こくさい聯盟れんめいの規約に不備のてんが最初からあつた所以ゆえんがおのづから分明ぶんめいする。

 それに、國際こくさい聯盟れんめい主唱者しゅしょうしゃが、ウイルソンであるのに、アメリカが、これに加入しないといふのは、大きい矛盾であつた。由來ゆらい、アメリカのすところ、いふところは、常に平和に熱心であるかのやうに見ゆるけれども、往々おうおう、そこに矛盾が多い。このてんから考へると、アメリカの眞意しんい何處ど こにあるかといふことがづ疑問たらざるを得ないのである。