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65-1 獨逸國ニ對スル宣戰ノ勅語 大正天皇(第百二十三代)

獨逸ドイツこくたいスル宣戰せんせん勅語ちょくご(第一段)(大正三年八月二十三日 官報

【謹譯】天佑てんゆう保有ほゆう萬世ばんせいけい皇祚こうそメル大日本國だいにほんこく皇帝こうていハ、忠實ちゅうじつ勇武ゆうぶナルなんじ有衆ゆうしゅうしめス。ちんここ獨逸ドイツこくたいシテたたかいせんス。ちん陸海軍りくかいぐんよろしちからきわメテ戰鬪せんとうことしたがフヘク、ちんカ百りょう有司ゆうしよろし職務しょくむ率循そつじゅんシテ、軍國ぐんこく目的もくてきたっスルニつとムヘシ。およ國際こくさい條規じょうき範圍はんいイテ一さい手段しゅだんつくシ、かなら遺算いさんナカラムコトヲセヨ。

【字句謹解】◯天佑 天神あまつかみ、及び皇祖こうそ皇宗こうそう御佑助ごゆうじょ ◯有衆 國民一般を指す ◯戰ヲ宣ス 宣戰せんせん布告ふこくをする。〔註一〕參照 ◯率循 ことごとくにしたがつてよく守ること ◯軍國ノ目的 一度正義の念と日英同盟よしみにより開戰かいせんが布告された以上は、あくまで勝たなくてはならない。しかも正々堂々と勝つことが軍の目的となる。軍國ぐんこくとはたたかい從事じゅうじする國、ここでは我が日本のこと ◯勗ム 懸命けんめいとなつて働く ◯國際條規 國際公法として決定された諸種しょしゅの規定 ◯遺算 計畫上けいかくじょうの手落ち。

〔註一〕戰ヲ宣ス 日本が戰爭せんそうに加つた理由は本勅ほんちょく後文こうぶん說明せつめいされてゐる。

【大意謹述】皇祖こうそ皇宗こうそう御守護おまもりのもとに、萬世ばんせいけい皇位こういいた大日本帝國皇帝たるちんは、今、忠義ちゅうぎに厚い勇敢な汝等なんじら全國民に次のことを宣示せんじする。

 朕は今囘こんかいドイツ國にたいして宣戰せんせん布告ふこくはっした。朕に所屬しょぞくする陸海軍はその有する限りの威力を發揮はっきしてたたかいかんする諸般しょはんつとめしたがふべきである。朕のもとにある官吏かんりは、各方面に定められた一定の職務によくしたがひ、軍國ぐんこく日本の目的たる戰勝せんしょう確實かくじつにするために懸命けんめいにならなくてはならない。國際間の規定で決定されてゐる範圍はんいで、あらゆる可能な手段をつくし、作戰さくせん上、まん一の手落ておちがないやう努力するがよい。

【備考】世界せかい大戰たいせんは、ドイツたい英佛えいふつ爭覇そうはから起つた。したがつて、日本には、ほとんど直接の關係かんけいはない。が、日英にちえい同盟どうめい關係上かんけいじょう、場合により、局面が東洋に移つてくるときは、イギリスのためにたねばならぬ事情にあつた。折柄おりから、イギリスが、大正三年八月三日、參戰さんせんするといふ通知を日本に寄越よ こし、いで同月七日、加藤外相(高明)のもとへ、イギリス政府から「ドイツの膠州灣こうしゅうわん艦隊かんたいは、東洋方面に於けるイギリスの商船を脅威きょういし、支那しなかいの安全をかきみだすから、貴國きこくは、ドイツ艦隊驅逐くちくつとめ、日英協同の利益りえき擁護ようごされたい」と申越もうしこした。その結果、時の大隈おおくま內閣ないかくは、日英同盟よしみを重んじて、參戰さんせんするに決したのである。當時とうじ、日本の一部には、ドイツの勢力を大きく見積りすぎて、日本の參戰さんせんを不利とする意見もあつた。けれども日英同盟條約じょうやくにもとづき、何處ど こまでもイギリスにたいする信義を重んじて、蹶起けっき參戰さんせんに決した。それは、大隈おおくま首相・加藤外相の國家的な勇斷ゆうだんと信念とによつたのである。