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62-1 米國艦隊來航ニ付キ司令官「スベリイ」ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

米國べいこく艦隊かんたい來航らいこう司令官しれいかん「スベリイ」ニくだたまヘル勅語ちょくご(第一段)(明治四十一年十月十三日)

【謹譯】

ちん米國べいこく海軍かいぐん代表者だいひょうしゃトシテけいむかフルニあたリ、貴國きこく大統領だいとうりょう慇懃いんぎんナル來意らいいせっスルヲよろこフ。

ちんふか大統領だいとうりょう友誼ゆうぎ好情こうじょうりょうトシ、ただしけいテ、大統領だいとうりょういたスニ、ちん衷誠ちゅうせいねんもっセムトス。ちん貴我き が兩國りょうこく親交しんこうげんもっとも敦厚とんこうナルヲ欣快きんかいヘス。いままたけい來朝らいちょうリ、ちん臣民しんみんヲシテかさねけい國人こくじんたいスル友愛ゆうあい衷情ちゅうじょう表彰ひょうしょうスルノセシメタルヲ大統領だいとうりょうしゃス。

【字句謹解】◯慇懃 叮嚀ていねいなこと ◯來意 もたらされた意向。〔註一〕參照 ◯懌フ 喜ぶに同じ ◯好情 厚い情味じょうみ ◯衷誠 心からのまこと ◯敦厚 うわすべりしないで、深く、厚い ◯欣快 おおいに喜ぶ意 ◯表彰 はす。

〔註一〕來意 日米にちべい關係かんけいは、以前のやうに圓滑えんかつにゆかなかつた。日露役にちろえき後、「日本は、臺灣たいわんと一帶水たいすいの間にあるフイリピン(呂宋)を奪はうとする意向がある」と無根のことを噂するものがあつた。それから間もなく、明治三十九年十月、サンフランシスコで日本學童がくどう排斥はいせき問題が起り、つづいて同地に日本勞働者ろうどうしゃをも排斥しようとする運動が起つた。かうした排斥運動はひろく太平洋沿岸に迄波及はきゅうし、イギリス領カナダにもつたはつた。日本政府は、これについて抗議し、つ協調の態度のもとに日本移民の制限を加へ、排斥運動を緩和しようと計つた。けれどもその緩和はなりにむづかしく、つアメリカが太平洋の王者たらんとする意圖い とを以て、海軍擴張かくちょうを行ひ、日本に不安の念をあたへたのである。それらの事から、西園寺さいおんじ內閣ないかくは、日米間の現狀げんじょう維持を希望し、明治四十一年五月、米國べいこく政府と仲裁ちゅうさい條約じょうやくを結んだ。それは明治三十二年(西紀一八九九)に萬國ばんこく平和會議かいぎで決定した國際こくさい紛爭ふんそう處理しょりする條約の精神せいしんによつたものである。その後、西園寺さいおんじ內閣のあとをいだかつら內閣の時代卽びすなわち四十一年十月にアメリカ艦隊の來訪らいほうがあつて、皇室始め官民かんみんは心をつくして、これを歡待かんたいした。その時にたまわつたのが、この勅書ちょくしょである。ほ同年十一月、日米覺書おぼえがきの交換があつて、互ひに平和の基礎を固めた。その覺書おぼえがきの內容は、(一)太平洋に於ける兩國りょうこく商業の自由、平穩へいおん發達はったつこころざすこと。(二)兩國りょうこく政府は一切侵略的傾向を離れ、現狀げんじょう維持のもとに、支那し なに於ける商工上の機會きかい均等きんとうを守ること。(三)兩國りょうこく政府は一切の平和手段により、支那し な獨立どくりつ及び領土保全に力を致すことなどである。

〔注意〕日米間について、ほ左の如き詔勅しょうちょく發布はっぷがあつた。

(一)米國べいこく獨立どくりつ百年博覧會はくらんかいしゅくシテ大統領ニつかわサレタル御書ごしょ(明治九年十二月)(二)北米ほくべい合衆國がっしゅうこく西班牙スペインこくトノ交戰こうせんノ時下シ給ヘル局外きょくがい中立ちゅうりつ詔勅しょうちょく(明治三十一年四月三十日)(三)米國大統領ノ電信ニ囘答かいとうセラレシ勅語ちょくご(明治四十一年十月二十七日)

【大意謹述】ちん米國海軍の代表者としてけいを迎ふるにあたり、貴國きこく大統領が叮嚀ていねいな意向を朕につたへられたにたいし、深くこれを喜ぶ。朕は大統領の手厚い友情、この上ない情誼じょうぎを見にみて感ずる。すなわけいを通じて、正しく、朕が心からのまことつたへられんことを希望する。朕は日米兩國りょうこくの親しいまじわりが、最も厚く、うやうやしき有樣ありさ實現じつげんせるを見て、何より悦喜えっきしてゐる。今またけい來朝らいちょうにより、朕が臣民しんみんをして、重ねて、貴國きこくたいする友情の誠をひょうせしむる好機會こうきかいを得た事を大統領に向ひ、敬謝けいしゃしたい。

【備考】勅書ちょくしょおおせられてゐるやうに、日本は、心からアメリカと絕對ぜったい平和の間にこころよ國交こっこう持續じぞくしてゆかうとするので少からぬ讓歩じょうほさへも、過去に於て、きたつてゐる。ただいつも、困らされるのは、その傍若無人ぼうじゃくぶじん式の外交突飛とっぴ極まりなき外交だ。平和の念佛ねんぶつは、いつもアメリカによつて繰返くりかえされてゐるものの、過去では、メキシコとたたかひ、イスパニヤと戰ひ、領土の擴張かくちょう相當そうとう熱心である。その上、大規模の海軍擴張かくちょうをして、人目を聳動しょうどうし、平和の空氣のみに執著しゅうちゃくしてゐないやうに見える。かうした一種特別のくちには、ヨオロツパも困惑し、日本も相當そうとう迷惑して來た。最近、滿洲まんしゅう問題の起つたとき、國際こくさい聯盟れんめいと日本との意見が一致しなかつたとき、アメリカは日本へ好意を示したとは思はれない。が、本來、日本は東洋全局の平和をおびやかされない限り、何處迄どこまでも平和第一主義によつて、アメリカと交際しようとするのである。このてんについてアメリカの考慮を促したい。