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61 平和會議委員都筑馨六・和蘭公使佐藤愛麿ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

平和へいわ會議かいぎ委員いいん都筑つづき馨六けいろく和蘭オランダ公使こうし佐藤さとう愛麿あいまろくだたまヘル勅語ちょくご(明治四十一年一月二十三日)

【謹譯】卿等けいらさき平和へいわ會議かいぎれっシ、任務にんむつくセリ。ちんふかこれ嘉尙かしょうス。

【字句謹解】◯平和會議 萬國ばんこく平和會議かいぎのこと。オランダのヘエグで開かれた。〔註一〕參照。

〔註一〕平和會議 平和會議かいぎの第一かいは、露帝ろていの提唱により、一八九九年(明治三十二年)に開かれた。その目的とするところは、平和保持につとめ、過大にならうとする軍費を縮小するにあつたが、會議かいぎあまり成功しなかつた。日本の外交史家(有賀)のげんによると、「ロシヤが平和をかうとするのは、前科ぜんか三犯・四犯の强盗ごうとうが、警察費の過大を理由に、巡査の減員を主張するにひとしい」といふ風評さへあつたとはれる。

 次ぎにオランダに開かれた第二かい萬國ばんこく平和會議かいぎに就ては別に我國わがくにと深い關係かんけいはない。ただこれが日韓にっかん併合へいごうを早めた意味で、特に外交上重要となつて來る。それは朝鮮ちょうせん國王こくおうがこの會議かいぎ密使みっしを派遣して獨立どくりつ運動を試みたことが暴露ばくろされたからである。その大略は『韓國かんこく併合へいごうニ下シ給ヘル詔書しょうしょ』(明治四十三年八月二十九日、官報)を參照のこと。

【大意謹述】卿等けいら先般せんぱんちんの命につてオランダで開かれた萬國ばんこく平和會議かいぎに列席し、日本代表としての職責しょくせきを完全につくした。朕は今、深くそのこうよみする。

【備考】白人種はくじんしゅの特色の一つは、常に平和の假面かめんをつけて、そのじつ、侵略に餘念よねんなき心底しんていを押しかくすところにある。恰度ちょうど平淸盛たいらのきよもりが、重盛しげもり切諫せっかんを避けるため、よろいの上に僧衣そういけた形だ。彼等は誇大に平和を主張し、軍備縮小を叫ぶけれども、內心、侵略の爪牙そうがを一日たりともみがかぬことはない。露帝ろていの平和會議かいぎ提唱に至つては、當時とうじ歐米おうべいですら、問題にしないで、冷笑した位だつた。が、今日こんにち、白人種のうちで、平和を强調きょうちょうしながら、矛盾した行爲こういおちいつてゐる國はないだらうか。正直な日本國民は平和の假面かめんあざむかれてはならない。