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56-1 露國ニ對スル宣戰ノ詔勅 明治天皇(第百二十二代)

露國ろこくたいスル宣戰せんせん詔勅しょうちょく(第一段)(明治三十七年二月十日 官報

【謹譯】天佑てんゆう保有ほゆうシ、萬世ばんせいけい皇祚こうそメル大日本國だいにっぽんこく皇帝こうていハ、忠實ちゅうじつ勇武ゆうぶナルなんじ有衆ゆうしゅうしめス。ちんここ露國ろこくたいシテたたかいせんス。ちん陸海軍りくかいぐんよろし全力ぜんりょくきわメテ露國ろこく交戰こうせんことしたがフヘク、ちんカ百りょう有司ゆうしよろし各々おのおの職務しょくむしたがヒ、權能けんのうおうシテ國家こっか目的もくてきたっスルニ努力どりょくスヘシ。およ國際こくさい條規じょうき範圍はんいイテ一さい手段しゅだんつくシ、違算いさんナカラムコトヲセヨ。

【字句謹解】◯天佑ヲ保有 天の神々かみがみ天照大御神あまてらすおおみかみそのめぐみを厚く受けて、建國けんこく精神せいしん保有きたつたとの意 ◯有衆 一般國民の意 ◯其ノ權能ニ應シテ 各人がる方面にしたがつての意 ◯國家ノ目的 平和の間に東洋の國勢こくせいふるおこし、國運こくうん發展はってんをはかること ◯國際條規ノ範圍 國際法こくさいほうに規定されてある條文じょうぶんの許す範圍はんい、國際法に就いては『日淸にっしん宣戰せんせん詔勅しょうちょく』參照のこと ◯遺算 計畫けいかくの不十分な意。

〔注意〕三ごく干渉かんしょう以後、臥薪嘗膽がしんしょうたんの十年をて、いよいよ同じ朝鮮・滿洲まんしゅう問題に就いてアジヤ・ヨオロツパに世界の六分の一を保つとはれたロシヤと干戈かんかを交へる時が來た。それは我が國自身が興亡こうぼう岐路き ろに立つた一戰である。その奉天ほうてん及び日本海戰勝せんしょうが現在でも陸海軍記念日にされてゐるのでも、これを我が國が重大視した理由がかる。なほ明治時代に於いては、淸國しんこくたいし『宣戰せんせん詔勅しょうちょく』(明治二十七年八月二日、官報)があるから是非併讀へいどくし、大御心おおみこころ拜察はいさつされたい。

【大意謹述】天の神々かみがみ皇祖こうそ皇宗こうそう御守護ごしゅごのもとに、萬世ばんせいけい皇位こういいた大日本だいにほん帝國ていこく皇帝たるちんは、今、忠義ちゅうぎに厚い勇敢な汝等なんじら全國民にぎのことを宣示せんじする。朕は今ここにロシヤにたいして宣戰せんせん布告ふこくする。朕の陸海軍は出來る限りの力を出して敵國ロシヤとの交戰こうせん從事じゅうじしてほしい。朕のもとにゐる一般官吏かんりは各自がその職とする方面で自己のあたふ限りの仕事をし、日本の目的である東洋平和を完成するために、努力しなければならない。國際間に規定された條約じょうやくの許す範圍はんいで、あらゆる手段をつくし、計畫けいかくの不十分な事を後悔する場合がないやうあらかじ覺悟かくごするがよろしい。

【備考】日露にちろ戰爭せんそうのことは、三ごく干渉かんしょう當時とうじから、豫期よ きせられたプログラムの一つであつた。ロシヤが、その横暴おうぼうな態度、縱横じゅうおう術策じゅっさくをやめない限り、それは必然起らねばならぬ戰爭せんそうであつた。けだしロシヤの傳統でんとう政策は、武力を以て、世界を統一するにある。ただ順序として、歐米おうべい方面にはじょうずべきすきがないので、じょうやす支那し な・朝鮮へ手を伸ばし、傍若無人ぼうじゃくぶじん振舞ふるまい露骨ろこつにした。このてんで、ロシヤは、東洋の平和、アジヤの安全をおびやかすところの惡魔あくまで、日本のこころざすところとは、全く反對はんたいの方向につてゐた。しか當時とうじ、一種の恐露病きょうろびょうが流行し、日本の有力な政治家中にもこれに感染したものがあり、イギリスの政治家中にさへも、恐露きょうろ病者びょうしゃがあつた位だから、誰も、ロシヤをおさへ付けない。それを知つて、ロシヤは一層、横著おうちゃくをしたのである。

 その間に於て、日本は、ロシヤの態度にすくなからぬ不安を感じ、イギリスもまたロシヤの南下なんか政策にたいし、不快を感じてゐた。すなわちかうした對露たいろ關係かんけいが、やがて日英にちえい同盟どうめいの成立をうながしたのであるが、日英同盟成立後においても、ロシヤのくちは、以前と大體だいたいかわらない。いくらか表面の口實こうじつを作つて日英兩國りょうこく胡魔化ご ま かくらいにすぎなかつた。その南下政策は、益々ますます露骨ろこつとなり、支那し な・朝鮮を壓迫あっぱくし、あるいは利を以て誘ひ、一兵を用ひないで、滿洲まんしゅう及び朝鮮を手に入れようと仕組んだのである。のみならず、日本が東洋全體ぜんたいの平和を尊重する精神せいしんを無視し、日本の誠意ある提言・勸告かんこくにも耳をさず、ついに日本に向つて、戰爭せんそう挑發ちょうはつするの態度をつた。その暴慢ぼうまん、その不信、流石さすが忍耐强い日本も、到頭とうとう決然けつぜん起ち上らねばならなくなつた。かくして對露たいろ宣戰せんせん詔勅しょうちょくが出たのである。