53-3 陸海軍軍人ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

陸海軍りくかいぐん軍人ぐんじんくだたまヘル勅語ちょくご(第三段)(明治二十八年五月十三日 官報

【謹譯】ちん帝國ていこく陸海軍りくかいぐん進歩しんぽここいたリタルヲよろこヒ、汝等なんじらふかク五箇條かじょう服膺ふくようシテあえ失墜しっついセス、めいおもんせいかろんシ、もっちん股肱ここうタルノしょくつくシタルヲよみス。ひと鋒鏑ほうてきたお疾病しつびょうシ、しかラサルモ病癈びょうはいトナリタルモノニいたっテハ、ちんふかことれつトシテひとかなしマサルヲス。

【字句謹解】◯服膺 忠實ちゅうじつに守る ◯失墜セス 五箇條かじょう精神せいしんを失はぬ ◯命ヲ重シ生ヲ輕シ 天皇大命たいめいを重んじてそのめ一命を犠牲にすることを喜ぶ。この精神せいしんは軍人精神せいしんの上に示されてゐるばかりでなく、傳統的でんとうてきに我が日本精神せいしん根幹こんかんをなしてゐる ◯朕カ股肱タルノ職 ちんの手足としての本分ほんぶんすなわ天皇御手み て御足みあしとしてそのめいほうずる臣下しんかとしての本分ほんぶんを意味する ◯鋒鏑ニ斃レ ほうは刀のほこさき、てきはやじり、戰場せんじょうで敵の武器のために一命を失ふこと ◯疾病ニ死シ 戰地せんち不衞生ふえいせいからいろいろの病氣のために一命を損ずること ◯病癈 病氣で再び立ち得なくなつたり、負傷して一生不具ふ ぐとなつたりした人 ◯其ノ事ヲ烈トシテ 勇ましく美しいとする。

【大意謹述】ちんは我が帝國ていこくの陸海軍が淸國しんこくたいして連戰れんせん連勝れんしょうする程にまで進歩したのをしみじみうれしいと思ひ、この戰役せんえき中に汝等なんじら軍人がさきに示した五箇條かじょうの軍人精神せいしんを堅く守つて日々怠らず、決してそれを失はないで、大命たいめいを重んじ一身をかるんじ、朕の手足としての軍人の本務を完全につくしたことに就いて滿足まんぞくに思つてゐる。ただかんにあつて、戰地せんちに於いて名譽めいよ戰死せんしを遂げ、又は病氣のためにとうとい生命を失ひ、さうでなくとも病氣又は負傷で不具ふ ぐとなつた者を考へると、朕の胸は常に一ぱいとなるのである。朕は深くその事を勇しく美しい行動とし、の人にたいして悲しまざるを得ない。

【備考】以上の勅語ちょくごはいして、感泣かんきゅうしない軍人は一人もなかつたであらうと拜察はいさつする。明治天皇は、すで申述もうしのべた如く、天成てんせい大元帥だいげんすいであらせられ、軍事に精通せいつうせらるると同時に、部下の勞苦ろうくたいし心から同情せられた。それゆえ軍國ぐんこくの時代は、陛下みずか戰地せんちにあらせらるる如き質素・勤勉の生活をまされたのである。明治二十七年、淸國しんこくたいして宣戰せんせんされると、ぐに大本營だいほんえい宮中に置かれ、日々、首相・外相及び陸海軍の主腦部しゅのうぶされて軍議ぐんぎつづけられ、戰線せんせん擴大かくだいするにつれ、九月十三日、東京御發輦ごはつれん、大本營を廣島ひろしまに進められた。當時とうじ、大本營を廣島師團しだん司令部に置かれ、御室ぎょしつただきりであつたから、御執務ごしつむの場所も、御寢所ごしんじょもそこを用ひられ、テエブル一御椅子おんいす四つ、御寢臺おんしんだい簞笥たんす及び屏風びょうぶそうが置かれてあるだけで、何の飾りもない。

 廷臣ていしん恐懼きょうくして、安樂あんらく椅子い す御側おそばに置かうとして、御意ぎょいうかがふと、「戰地せんちには安樂あんらく椅子い すが備へ付けられてあるか」とおおせられ、ゆるしがなかつた。陛下は、將卒しょうそつ勞苦ろうくを思はれ、安樂椅子さへ用ひられなかつたのである。その御日常ごにちじょうは、午前五時御起床、六時に凛々り りしく軍装ぐんそうを整へられ、御座所ござしょ出御しゅつぎょ、午前九時から、軍議ぐんぎを開始せられた。かうして夜の十時頃迄、いろいろの御用事で、寸分も休息さるる御暇おいとまとてもなかつた。時には、戰地せんち巡視じゅんしし、將卒しょうそつの健康保持のためにつくした石黑いしぐろ忠悳ちゅうとくかえつて來て、大本營だいほんえい出仕しゅっしすると、陛下は、平壤へいじょうにゐる兵卒へいそつ朝鮮米ちょうせんまい常食とせることを聞召きこしめされ、「朝鮮米には砂が多くまじつてゐるさうぢやが、その朝鮮米を食べてゐる兵は腸胃ちょういはしたりを痛めはせぬか」と御下問ごかもんになり、深くあんじなされてゐたので、石黑いしぐろ感泣かんきゅうし、左樣そ うしたてんのないやう、種々しゅじゅ注意した事を奉答ほうとうすると、「左樣さようか」と始めて、安堵あんどせられたのであつた。

 かく兵卒へいそつの健康のために、細かいところ迄、御氣お きを付けさせらるると同時に、戰略せんりゃくかんしては、周到綿密をつくされた。何月何日、何處ど こにどういふたたかひがあるといふことは、あらかじめ正確に承知せられ、どんな大戰たいせん―日本の存亡そんぼうをその日に決すると思はれる重大なたたかひのある日も、陛下の御神色ごしんしょく平生へいぜいかわらない。御寢ぎょしんなると、すぐ高鼾たかいびきをなされ、泰然たいぜん自若じじゃくいささかにても動ぜらるるやうなことは、一度もなかつた。いかにも、大勇たいゆう精神せいしん如實にょじつに備へてをられたので、臣下しんかもおのづから陛下の御感化ごかんかよくしたのである。以上によつて、陛下が、大本營だいほんえい御生活ごせいかつにおいて、軍人勅諭ちょくゆ大精神だいせいしん御親おんみずからいかに御日常ごにちじょう發揚はつようせられたかがくわかる。日本の大勝は一にこの御稜威み い づによるのである。