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50-2 淸國講和使警衞ノ詔 明治天皇(第百二十二代)

大日本詔勅謹解3 軍事外交篇

淸國しんこく講和使こうわし警衞けいえいみことのり(第二段)(明治二十八年三月二十五日 官報

【謹譯】ちんもとヨリ國際こくさい成例せいれいミ、國家こっか名譽めいよもっテ、適當てきとう待遇たいぐう警衞けいえいトヲ淸國しんこく使臣ししんあたヘサルヘカラス。すなわとく有司ゆうしめい怠弛たいしスルところナカラシム。しかシテ不幸ふこう危害きがい使臣ししんくわフルノ凶徒きょうといだス。ちんふかこれうらミトス。犯人はんにんごとキハ、有司ゆうしもとヨリほうあん處罰しょばつシ、假借かしゃくスルところナカルヘシ。百りょう臣庶しんしょまたさらちんたいシ、げん不逞ふていいましメ、もっ國光こっこうそんスルなかラムコトヲつとメヨ。

【字句謹解】◯國際ノ成例ヲ踐ミ 國際間に定められた規定を實踐じっせんする ◯適當ノ待遇ト警衞 行屆ゆきとどいたもてなしと警護 ◯有司 その方面の役人 ◯怠弛スル所ナカラシム 任務をなまけ、警護をゆるめてはいけないと申渡す ◯危害ヲ使臣ニ加フルノ凶徒 全權ぜんけんきずつけようとて計つた惡漢あっかん。〔註一〕參照 ◯之ヲ憾ミトス 全權ぜんけんを害しようとした惡漢あっかんが出現したのを遺憾いかんとする ◯法ヲ案シ 法律に照らして考へ、適當てきとうした國法こくほう處罰しょばつすること ◯假借 少しでも遠慮すること ◯百僚 百かんの意で官吏かんり一般を指す ◯臣庶 一般臣民しんみんの意 ◯不逞ヲ戒メ 不逞ふてい國法こくほうを考慮しないで勝手な行動をする者。

〔註一〕危害ヲ使臣ニ加フルノ凶徒 明治三十八年三月二十日、淸國しんこく全權ぜんけん李鴻章りこうしょうは我が伊藤いとう陸奥む つ兩全權りょうぜんけん下關しものせき春帆樓しゅんぱんろうに於いて第一かい會議かいぎし、同二十四日第二囘目かいめ會合かいごうしたのち會議所かいぎしょを去り、旅館にかえる途中、一暴漢ぼうかんのピストル狙撃そげきを受け、重傷した。暴漢ぼうかんただちにの場で捕縛ほばくされたが、この事件はじつに我が外交の强腰つよごしを折り、歐米おうべいからの非難を少なからず受け、やがて日淸にっしん休戰きゅうせんとなつた。明治天皇醫師い し下關しものせきに急派され、皇后宮こうごうのみやからは御製ぎょせい繃帶ほうたい下賜か しあり、看護婦を派遣し給ふまで懇切こんせつの情をつくされ、翌二十五日には特に本詔ほんしょう渙發かんぱつされた。

〔注意〕狙撃そげきした事は直接には我が講和こうわ條約じょうやくに於ける態度を緩和かんわさせ、休戰きゅうせんを早め、間接には三ごく干渉かんしょうの一原因を起した事となつてゐる。本詔ほんしょう連關れんかんしたものとしては、

(一)全權ぜんけん辨理べんり大臣伊藤いとう博文ひろぶみおよび陸奥む つ宗光むねみつニ下シ給ヘル勅語ちょくご(明治二十八年四月十八日、官報)(二)戰勝後せんしょうご臣民しんみんニ下シ給ヘル詔勅しょうちょく(明治二十八年四月二十二日、官報)(三)遼東りょうとう還附かんぷ詔勅しょうちょく(明治二十八年五月十日、官報

がある。(一)(三)は本篇に、(二)は『道德どうとく敎育きょういくへん』に謹述きんじゅつしてある。

【大意謹述】本來ほんらいちんは、國際間に定められた規則を忠實ちゅうじつに行ひ、日本の名譽めいよに賭けて、相當そうとうなもてなしと警護とを淸國しんこく全權ぜんけんに致さなければならないと考へてゐた。朕はこの意のもとに、その方面の役人には、特に職務に誠實せいじつであるやう命じ置いたのである。それにもかかわらず、不幸にしてここに淸國しんこく全權ぜんけんの生命をねら暴漢ぼうかんを出した事は、朕が非常に殘念ざんねんに思ふ所である。犯人は捕縛ほばくされたと聞くが、當路とうろの役人は國法こくほうしたがつて犯人を嚴罰げんばつし、少しも遠慮があつてはならない。一般の官吏かんり・國民もまた今後一層朕の意を了解し、嚴重げんじゅうに國法違犯者いはんしゃの出現を防ぎ、日本にっぽん光輝こうきに一てんけがれをも加へる事ないやう切に努力してほしい。

【備考】ここ勅語ちょくご中にもおおせられてゐるやうに、兇漢きょうかん小山こやますけが、突如現はれて、李鴻章りこうしょうきずつけたのは、何とつても、日本側に取て、少からぬ不利であつた。淸國しんこく外交顧問フオスタアは、當時とうじ有樣ありさを手記して、「日本の陸軍大臣は、この事變じへんを聞き、一兇漢きょうかんのために、天下の大事は去つたと叫んだ」と述べてゐる。いずれにもせよ、日本側は、李鴻章りこうしょうに同情せねばならぬ立場に置かれ、みずから進んで、無條件むじょうけんのもとに、休戰きゅうせんを提議し、李鴻章りこうしょうは、喜んでこれを承諾したのであつた。

 ここに見のがしてならない一個の外交秘聞ひぶんがある。李鴻章りこうしょうが日本へ向け出發しゅっぱつする際、ロシヤ・フランス二國公使をひ、何事か密議みつぎし、いで、春帆樓しゅんぱんろう上の談判だんぱんで、「遼東りょうとう半島はんとうゆずつてもよろしい。が、臺灣たいわんゆずるわけにゆかぬ」と頑强がんきょうつたのであつた。そしてれは歸國きこくの途中、しきりにロシヤから通信のきたらんことを待ちわびてゐた。左樣そ うすると、遼東りょうとう半島割讓かつじょうについて、ロシヤなどが日本へ干渉かんしょうすべき筋書すじがき李鴻章りこうしょう北京ペキン出發前しゅっぱつぜんにもうぼ出來上つてゐたものと見なければならない。ここれの老猾ろうかいが、はつきり現はれてゐるが、以上はフオスタアの自記するところだから、事實じじつであらうと思はれる。が、それにしても、兇漢きょうかんれをきずつけたのは、日本に取つて、少からぬ不利をもたらし、陛下も深く憂慮ゆうりょなされたことは、この詔書しょうしょはいして、一層沁々しみじみ思はれる。