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47-4 淸國ニ對スル宣戰ノ詔勅 明治天皇(第百二十二代)

淸國しんこくたいスル宣戰せんせん詔勅しょうちょく(第四段)(明治二十七年八月二日 官報

【謹譯】朝鮮ちょうせん帝國ていこくはじメニ啓誘けいゆうシテ、列國れっこく伍伴ごはんカシメタル獨立どくりつノ一こくタリ。しかシテ淸國しんこくことごとみずか朝鮮ちょうせんもっ屬邦ぞくほうしょうシ、いんよう內政ないせい干渉かんしょうシ、內亂ないらんアルニイテ、くち屬邦ぞくほう拯難しょうなんキ、へい朝鮮ちょうせんいだシタリ。

【字句謹解】◯啓誘 指導する ◯列國ノ伍伴 列國れっこくの仲間に入る ◯獨立ノ一國 から內政ないせいかんして何等なんら干渉かんしょうも受けない獨立國どくりつこくの意、〔註一〕參照 ◯屬邦ト稱シ 自己にぞくしてゐる地方だと諸方面に向つて言ひ張る、〔註二〕參照 ◯陰ニ陽ニ いん裏面りめんから、よう公然こうぜんと ◯內政ニ干渉シ 朝鮮一國の政治に各種の意見をはさむこと ◯內亂 これは東學黨とうがくとう事變じへんを意味する、〔註三〕參照 ◯拯難 難を救ふ。

〔註一〕獨立ノ一國 明治八年に我が軍艦雲揚艦うんようかん江華灣こうかわん碇泊中ていはくちゅう、朝鮮の軍民から砲撃ほうげきされた事件があつた。所謂いわゆる江華島こうかとう事件がこれで、我が政府では、翌年、黑田くろだ淸隆きよたか井上いのうえかおるとを全權ぜんけんとして談判だんぱんし、謝罪使しゃざいしを日本に送ること、釜山ぷさんほか二港を開くことをやくしたが、朝鮮の獨立どくりつがこの時に雙方そうほうで確認されたのである。「はじメ」とあるのは、明治八年前後を指す。

〔註二〕屬邦ト稱シ 淸國しんこくの態度はすでに明治十五年・十七年のへんに於いて明示めいじされ、天津てんしん條約じょうやくで完全に條文上じょうぶんじょう朝鮮が淸國しんこく屬邦ぞくほうでない所以ゆえんが明らかにされたにもかかはらず、その後も尊大そんだいな態度を改めないで、我國わがくにこうし、つい朝野ちょうやをして淸國しんこくと一戰しなければ、朝鮮の內政ないせいは改革し難いと決意させるに至らしめた。

〔註三〕內亂 東學黨とうがくとうは最初は東學とうがくといふ朝鮮の一種の宗敎しゅうきょうから出たもので、のちに政治的色彩をび、閔氏びんしとう政府の失敗・中央及び地方の官吏かんりの腐敗を革新するために起ち、明治二十七年の四月には內亂ないらん惹起ひきおこした。淸國しんこく天津てんしん條約じょうやく以來、朝鮮に失つた勢力恢復かいふくする目的から、我國が國會こっかい開始以來、內政方面に主力を注ぎ、朝野ちょうや往々おうおう議會ぎかいで衝突するのを見て、國外に兵を出す餘裕よゆうなしと信じ、依然いぜんとして屬邦ぞくほう救濟きゅうさい口實こうじつとして出兵したのである。

【大意謹述】朝鮮は、我が帝國ていこくが明治の初めに之を指導し、國際間に仲間入りをさせた一獨立國どくりつこくで、から內政ないせいかんして意見を挟まれるべき理由はごうもない。それにもかかわらず、淸國しんこく事々ことごとに朝鮮を以て自國にぞくした一地方だと主張し、裏面りめんから、又は表面からその內政にくちばしを入れ、今囘こんかい東學黨とうがくとうを中心とする內亂ないらん勃發ぼっぱつした際にも、屬國ぞっこくなんを救ふといふ口實こうじつもとに、朝鮮出兵敢行かんこうしたのであつた。

【備考】支那し な外交の傳統性でんとうせいは、(一)を以てを制するといふ事、(二)遠交えんこう近攻きんこう遠國えんごくと交際して、近國きんごくを攻めるといふ事の二つにある。それは、古代に於て、相當そうとう效果的こうかてきでもあつた。けれども現代に於ては、效果的こうかてきとはへない。づ自國以外の國はすべて夷狄いてきだといやしみ、理由なしにあなどるといふことは、許さるべきことでない。物質文明では、西洋が、ずつと支那し な立優たちまさり、日本もまた明治維新と共に、目ざましい飛躍をしてゐるからだ。ぎに遠國と交際して、近き敵を攻めるといふことは、支那し な陸續りくつづきの四しゅうたいしては、よかつた場合もあつたけれども白色人たい有色人戰爭せんそうが、西力せいりょく東漸とうぜんにつれて始つてゐる以上、支那し な當然とうぜん、近き國―日本と提携して遠國―歐米おうべい壓力あつりょくこうし、これが勢力東進とうしんを排除して、東洋平和の保全ほぜんつくすべきをとする。この根本方針を忘れて、白色人の横行・跋扈ばっこを誘致して一こうかえりみない支那し なは、あまりにも近視眼的きんしがんてきだ。この方針を昭和の今日ほやめないのは、全くぼつ見識けんしき千萬せんばんではないか。もつと支那し なは、東洋の大局たいきょく正視せいししなければならぬのだ。朝鮮問題を中心に、日本が支那し なたたかふのむなきに至つたのは、じつ支那し なの外交上の傳統策でんとうさくからもたらされた近視眼式きんしがんしきくちによる。