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44-10 陸海軍軍人ニ下シ給ヘル勅諭 明治天皇(第百二十二代)

陸海軍りくかいぐん軍人ぐんじんくだたまヘル勅諭ちょくゆ(第十段)(明治十五年一月四日 法規分類大全)

【謹譯】一、軍人ぐんじん武勇ぶゆうたっとフヘシ。武勇ぶゆうくにニテハ、いにしえヨリイトモ たっとヘルところナレハ、くに臣民しんみんタランモノ武勇ぶゆうナクテハかなフマシ。マシテ軍人ぐんじんたたかいのぞてきあたルノしょくナレハ、片時へんじ武勇ぶゆうわすレテヨカルヘキカ。サハアレ、武勇ぶゆうニモ大勇たいゆうアリ小勇しょうゆうアリテおなシカラス。血氣けっきニハヤリ粗暴そぼう振舞ふるまいナトセシハ武勇ぶゆうトハがたシ。軍人ぐんじんタランモノハつねニヨク義理ぎ りわきまヘ、膽力たんりょく思慮しりょつくシテことはかルヘシ。小敵しょうてきタリトモあなどラス、大敵たいてきタリトモおそレス。おの武職ぶしょくつくサムコソまこと大勇たいゆうニハアレ。サレハ武勇ぶゆうたっとものハ、常々つねづねひとまじハルニハ溫和おんわだい一トシテ、諸人しょにん愛敬あいけいムト心掛こころがケヨ。よしナキゆうこのミテ猛威もういふるヒタラハ、はて世人せじんきらヒテ、豺狼さいろうナトノごとおもヒナム。こころスヘキコトニコソ。

【字句謹解】◯武勇ヲ尙フ 尙武しょうぶ精神せいしんを尊重する。を以て知られた我國わがくにに、このみことのりがあるのは當然とうぜんである ◯古ヨリイトモ貴ヘル所ナレハ 古來こらいの方面以上に重要視したものであるからの意、〔註一〕參照 ◯叶フマシ 祖先にたいしてもづべきであるとのこと ◯片時モ ほんのわずかの時間でも武勇ぶゆうを忘れてはすまない ◯サハアレ はあれの意で、さきの文を消極的に打ち消して、新たに文意ぶんいを起す時に用ゐる ◯大勇 大義たいぎのためには敢然かんぜんとして進み、敵が百まんにん居ても少しも恐れないといつた勇氣ゆうきで、平生へいぜいかえつて行動などが溫和おんわな人 ◯小勇 腕力わんりょくを自慢したり、相手を打ち負かして得意になつたりする人をいふので、たんに勇氣のために勇氣をたっとぶ人のこと ◯血氣ニハヤリ 一の感情にせいせられて、靑年せいねんなどが前後の思慮なく粗暴そぼうの行動をとる意 ◯義理ヲ辨ヘ 事物じぶつの道理を十分了解する ◯膽力ヲ練リ 心を鍛錬たんれんして氣力きりょくを强くする ◯思慮ヲ殫シ 萬事ばんじあたつてその行ふこと、及び前後の事情・結果などを十分考慮する意 ◯武職ヲ盡サム 軍人としての本務をまっとうする ◯諸人ノ愛敬ヲ得ム 諸方面に接する人々に敬愛されよう ◯由ナキ勇 理由のない勇氣、本來大義たいぎ名分めいぶんそくした勇氣でなければ正しいとは言はれないので、ここではそれにそくせず、私情からはっする勇氣を理由ないものとしたのである ◯猛威ヲ振ヒ いかにも强いことを相手に誇示こ じするために振ふ勇氣で、俗に空威張からいばりをいふものに近い ◯豺狼 たけく荒いけもののこと、それが世人せじんみ嫌はれることから、性質猛惡もうあく亂暴らんぼうな人にたとへてふ。

〔註一〕古ヨリイトモ貴ヘル所ナレハ 明治以後、我國わがくにはよい意味での軍國ぐんこくとして世界に知られてゐるが、それ以前から尙武しょうぶふうは特にさかんであつた。神功じんごう皇后こうごう征韓せいかん阿倍比羅夫あべのひらふ肅愼しゅくしん征伐せいばつ北條ほうじょう時宗ときむね元寇げんこう擊退げきたい戰國せんごく時代の八幡船まんせんの進出、豐臣とよとみ秀吉ひでよし征韓せいかんなどは、すべて我が武勇ぶゆうを海外に輝かした好例である。

【大意謹述】第三に軍人は武勇しょうぶたっとばなければならない。大體だいたい我國わがくにでは、古代から武勇ぶゆうたっとび、日本の臣民しんみんである以上、誰も武勇ぶゆう心得こころえがなくてはその資格にけるわけである。特に軍人は國民一般を代表して戰場に臨み、勇敢に敵と戰つて之を討ち退けるのが本職であるから、軍人としてはわずかの時間でも武勇ぶゆうを忘れてはならない。

 しかし、一がい勇氣ゆうきといつても、大勇たいゆう小勇しょうゆうとの區別くべつがあり、これを混同するのはよくない。年少時代に一の感情にまかせて前後の思慮もなく、まま勝手な行動をるのは、小勇しょうゆうであつてしん武勇ぶゆうと言へない。ゆえげん軍籍ぐんせきに在る者、及び今後それに關係かんけいを持つ人々は、平生へいぜいからよく事物じぶつの道理を考へ、心をつて氣力を强くし、出來る限り事を行ふ以前に道理にかなふかいなかを思慮して、こころざしを定めることが肝要かんようであらう。相手が自己より勢力が弱くとも、人數にんずう乏しくとも之を輕蔑けいべつすることなく、又その反對はんたいの場合にも心におそれをいだくなく、勇氣ゆうきを失ふことなく、軍人としての本務にしたがふのこそ、しん大勇たいゆうしょうすることが出來よう。結局、しん武勇ぶゆうたっとぶ者は、平生へいぜいの交際にあたつて溫和おんわを第一とし、相手の人々から親愛の情と尊敬の意を共にるやう注意するがよろしい。大義たいぎそくしない匹夫ひっぷゆうを好んで虛勢きょせいを振つたならば、その結果は世間の人々に敬遠けいえんせられ憎惡ぞうおせられて、人を害する猛獸もうじゅうと同等にしか思はれなくなるであらう。このてんは特に注意しなければならない。

【備考】ここ垂訓すいくんせられた主眼しゅがんは、一般軍人は小勇しょうゆうせず、大勇たいゆうの人となれといふ意味であると拜察はいさつする。多くの場合、人は小勇しょうゆうに流れやすく、小勇しょうゆうあやまられやすい。けれどもそれは豺狼さいろうにひとしいもので、そこにしんのどつしりしたところがない。かうした勇氣ゆうきは、皮相的ひそうてきなもので、大敵たいてきに逢つた場合には、往々おうおう狼狽ろうばいする。ところが、大勇たいゆうになると、「あつてたけからず、おんにしてちからあり」といつた具合に、十分、底力を持つてゐる。それは何によつて養はれるかといへば、義理を知り、人道を知つて、そこに一つの力點りきてんを置くことにより發生はっせいする。ひかへると道義どうぎ精神せいしん土臺どだいとなつてゐないと、大勇たいゆうは生れない。道義どうぎの信念にじゅうするとき、大勇たいゆうの人となる。かくして膽力たんりょくり、思慮を重ねて、行動するならば平時へいじ戰時せんじ共に、立派な軍人として、人々に敬愛せられよう。かの護良もりなが親王しんのう危急ききゅうの場合に救ひまゐらせた村上むらかみ義光よしてる父子ふ しの如きは、大義たいぎ名分めいぶんじゅんじた大勇たいゆうである。また平治へいじらんあたり、藤原信賴ふじはらののぶよりつて、これを殿上でんじょうに屈服せしめた藤原光賴ふじはらのみつよりの如きも、大勇たいゆうの人だつた。しんの軍人は大勇たいゆう終始しゅうししなければならない。