44-9 陸海軍軍人ニ下シ給ヘル勅諭 明治天皇(第百二十二代)

陸海軍りくかいぐん軍人ぐんじんくだたまヘル勅諭ちょくゆ(第九段)(明治十五年一月四日 法規分類大全)

【謹譯】一、軍人ぐんじん禮儀れいぎただシクスヘシ。およ軍人ぐんじんニハかみ元帥げんすいヨリしもそついたルマテ、あいだ官職かんしょく階級かいきゅうアリテ統屬とうぞくスルノミナラス、同列どうれつ同級どうきゅうトテモ停年ていねん新舊しんきゅうアレハ、新任しんにんノモノハ舊任きゅうにんノモノニ服從ふくじゅうスヘキソ。下級かきゅうノモノハ上官じょうかんめいうくルコト、じつただちちんめいうくナリト心得こころえヨ。おの隷屬れいぞくスルところニアラストモ、上級じょうきゅうもの勿論もちろん停年ていねんおのれヨリふるキモノニたいシテハすべ敬禮けいれいつくスヘシ。また上級じょうきゅうもの下級かきゅうものむかいささカモ輕侮けいぶ驕傲きょうごう振舞ふるまいアルヘカラス。公務こうむメニ威嚴いげんしゅトスルとき格別かくべつナレトモ、ほかつとメテねんごろ取扱とりあつかヒ、慈愛じあいせん一ト心掛こころがケ、上下しょうかシテ王事おうじ勤勞きんろうセヨ。軍人ぐんじんタルモノニシテ禮儀れいぎみだリ、かみうやまハスしもめぐマスシテ一和諧わかいうしなヒタラムハ、ただ軍隊ぐんたい蠧毒とどくタルノミカハ、國家こっかメニユルシがた罪人ざいにんタルヘシ。

【字句謹解】◯禮儀 禮容れいよう威儀い ぎのことで、ここでは軍人間の應接おうせつ作法にかんして、上下しょうかが親しみ合ふこと ◯元帥 軍人としての最高地位 ◯官職ノ階級 役柄の上下の區別くべつの意、將官しょうかん佐官さかん尉官いかん下士か し兵卒へいそつ區別くべつ ◯統屬 とう上官じょうかんが下の者を統轄とうかつすること、ぞくは下が上官にしたがふこと ◯停年 そのかんに任命せられてから年限ねんげんを積む意 ◯直ニ 直接といふこと ◯己カ隷屬スル所ニアラストモ 自分が直接につきしたがふ方面でなくとも ◯輕侮 相手をいやしめて見下す ◯驕傲 自分の地位を誇り、おごりたかぶること ◯振舞 動作の意 ◯公務 おおやけの用件 ◯務メテ 出來る限りの意で、此方こちらから意識的に事を行ふこと ◯懇ニ取扱ヒ 親しげな態度で相手に接する ◯慈愛ヲ專一ト心掛ケ 部下をいつくしみ愛することを最も重要だと考へる ◯上下一致 上官じょうかん下官げかん共に目的を一にして働く ◯王事ニ勤勞セヨ 道義どうぎ建國けんこく精神せいしんに起つ君主の御事おんことに骨折つて働く意味 ◯禮儀ヲ紊リ 禮義れいぎみだすと同じ ◯和諧 相互に心をやわらげ合ふこと、〔註一〕參照 ◯啻ニ たんにそれのみではなく云々うんぬんの意 ◯蠧毒 自己のむ木をからむしの意で、ここでは軍隊の大害たいがいのこと ◯ユルシ難キ罪人 社會しゃかい萬人ばんじん幸福こうふくみだす、許すことの出來ない罪人。

〔註一〕和諧 上下しょうか和諧わかい精神せいしんを失つた軍は戰爭せんそうの時に常に敗退する。その反對はんたいにこの和諧わかい精神せいしん發揮はっきされれば、人力じんりょく以上のものを成就じょうじゅすることが出來る。織田お だ信長のぶなが本能寺ほんのうじで殺されたのは和諧わかいいた例で、乃木の ぎ將軍しょうぐん旅順りょじゅん落城らくじょうさせたのは、和諧わかいを得た例と見てよい。

【大意謹述】第二に軍人は禮義れいぎを正しくしなければならない。一たい、軍人は社會人しゃかいじんことなり、かみ元帥げんすいからしもは一兵卒ぺいそつに至るまで、各種の役柄の區別くべつがあつて、かみしもを統率し、しもかみ服從ふくじゅうする規定が嚴格げんかくに定まつてゐるばかりではなく、地位・役柄が同じであつても、それに任ぜられた年に新舊しんきゅうがあるから、新しく就官しゅうかんした者はふるくから居る者のふことにしたがふのが本當ほんとうである。下級の者が上官じょうかんの命令に接する時は、それが如何い かなる種類であつても、上官の口からはっせられる事が、ただちにちんの命令を受けたのだといふ意味に心得るがよい。自分がその下にぞくしてゐなくとも、一般の上級者には勿論もちろん、同級でも自己よりふるくその地位に居る者には、一ように尊敬の念を失つてはならない。一方、上級の者は下級の者に向つて、少しも軽蔑の念をいだいて接したり、自己の地位を誇つて尊大な態度を執るのは禁物である。特別な場合、例へばおおやけつとめで上官としての威嚴いげんを示すことが必要な時などは別として、その他一般の際には、出來るだけ注意して親切に部下を待遇し、いつくしみ愛することを第一に心に掛け、上官じょうかん下官げかん一同が共に心をあわせ、皇室の事に骨折りを惜しんではならない。

 し軍人でありながら、この禮義れいぎみだし、しもかみを尊敬せず、かみしも恩惠おんけいれないで、上下びしょうかして相互に心をやわらげ合ふ精神せいしんを失つたとすれば、その者は軍隊の規定を破るばかりでなく、國家全體ぜんたいからても許し得ない罪人となるであらう。

【備考】忠節ちゅうせついで、軍隊に於て重んぜられるべきは、勅語ちょくごおおせらるる如く、禮義れいぎである。けだし軍隊がいかに、忠節ちゅうせつの心をいだくとも、規律・節制せっせいを保たねば、折角せっかく忠節ちゅうせつも生きた働きをさぬ。忠節ちゅうせつ效果こうかを十分に發揚はつようし、報國ほうこくの一念を貫くには、軍隊のすべてにわたつて、秩序と節制とが必要であり、更にそれによつて、內部の調和を保つてゆかねばならない必要がある。以上の意味で、禮義れいぎは軍隊を支持する大きい柱である。が、禮義れいぎもそれが形式的である場合、固定し、硬化こうかするから、勅語ちょくごでは、「公務のため威嚴いげんを主とする時は格別なれども、ほかは務めてねんごろに取扱ひ、慈愛じあいせん一」とおおせられ、上官じょうかん敎訓きょうくんせられた。すなわ懇切こんせつ慈愛じあいの情により、ともすると形式化しやす禮義れいぎ缺陥けっかんを補ふべき必要あることは、確かである。乃木の ぎ大將たいしょうが、始終しじゅう、軍服をつけて威儀い ぎを正したのは、軍隊の禮義れいぎ忠實ちゅうじつだからであつたが、廢兵院はいへいいんを度々訪づれて、一同をなぐさめたのは、慈愛じあい精神せいしんによる。かうした大將の行爲こういは、冷嚴れいげんのみにへんしない。そこに禮義れいぎを守る軍人のおもかげをよく現はしてゐた。