44-8 陸海軍軍人ニ下シ給ヘル勅諭 明治天皇(第百二十二代)

陸海軍りくかいぐん軍人ぐんじんくだたまヘル勅諭ちょくゆ(第八段)(明治十五年一月四日 法規分類大全)

【謹譯】一、軍人ぐんじん忠節ちゅうせつつくスヲ本分ほんぶんトスヘシ。およせいくにクルモノ、だれカハくにむくユルノこころナカルヘキ。シテ軍人ぐんじんタラムものハ、こころかたカラテハものようヘシトモおもハレス。軍人ぐんじんニシテ報國ほうこくこころ堅固けんごナラサルハ、如何い かほど技藝ぎげいじゅく學術がくじゅつちょうスルモ、偶人ぐうじんニヒトシカルヘシ。隊伍たいごととの節制せっせいただシクトモ、忠節ちゅうせつそんセサル軍隊ぐんたいハ、ことのぞミテ烏合うごうしゅうおなシカルヘシ。そもそ國家こっか保護ほ ご國權こっけん維持い じスルハ兵力へいりょくレハ、兵力へいりょく消長しょうちょう國運こくうん盛衰せいすいナルコトヲわきまヘ、世論せろんまどハス政治せいじかかハラス、只々ただただおの本分ほんぶん忠節ちゅうせつまもリ、山嶽さんがくヨリモおもク、鴻毛こうもうヨリモかるシト覺悟かくごセヨ。みさおやぶリテ不覺ふかくリ、汚名おめいクルコトナカレ。

【字句謹解】◯忠節 永久にかわらない忠義ちゅうぎの心 ◯生ヲ我カ國ニ禀ク せいくとは生命を天から授かる意、ゆえにこの句は我が國に生れいでて日本國民となる喜びを受けること ◯國ニ報ユルノ心 國恩こくおんほうずる心。〔註一〕參照 ◯此ノ心 第一には「くにむくユルノこころ」を指し、第二には「忠節ちゅうせつつくス」にかる ◯軍人タラム者 現在軍人である者及び今後軍人を志願する者の意味までも含ませた方が大御心おおみこころふと考へる ◯技藝ニ熟シ 軍人としての各種專門せんもんの技術方面に熟達じゅくたつする ◯偶人 土や木で作つた人形の意で、生命のない、死人同樣どうようの、したがつて價値か ちの少しもない人間といふこと ◯隊伍 軍隊の列伍れつご ◯節制 上長じょうちょうの指揮命令にしたがひ、進退動作の規律正しいこと ◯事ニ臨ミテ この場合は敵と向ひ合ふに際しての意 ◯烏合ノ衆 からすの集まり合つたやうに統制なく、集散しゅうさんが定まらないでみだちな群衆のことで、人數にんずうだけ多くとも何の效果こうかも見せない意 ◯國權ヲ維持ス 國權こっけんは國家の權力けんりょく、維持はつなぎ保つこと ◯兵力ノ消長 武力の盛衰せいすいの意味 ◯世論ニ惑ハス 世上せじょうに行はれる根據こんきょの少ない俗論ぞくろんのために迷はされることなく ◯政治ニ拘ハラス 時々の政治方針のために軍人獨自どくじ精神せいしん變化へんかさせることなく ◯一途ニ 一筋にの意、の何物にも目をれないで、軍人は軍人の本分ほんぶんつくすことを第一義とする意 ◯義ハ山嶽ヨリモ重ク、死ハ鴻毛ヨリモ輕シ 人間の生死は重要問題には相違そういないが、大義たいぎ(君臣の道)はそれに比較出來ない程大事なので、大義のためには、ただちに貴重な生命を捨てること、すなわち大義の前では各自の生命はかるおおとりの毛よりも一層かるいと考へなければならない意。おおとりは水鳥の一種でがんの大きなもの。その毛はじつかるく、物のかる比喩ひ ゆによく鴻毛こうもうの二字が引用される。山嶽さんがくは日本でいへば富士、支那し なでいへば泰山たいざんで、高く重い形容のために用ひられる。この語は司馬遷しばせんの『仁安にんあんほうずるのしょ』中に「死はあるい泰山たいざんよりも重く、あるい鴻毛こうもうよりもかるきことあり」とある一句から採つたもの ◯操ヲ破ル 一定不變ふへんの心の持ち方を變化へんかさせる ◯不覺ヲ取リ 輕忽けいこつ所業しょぎょうによつて失敗する ◯汚名ヲ受クル 軍人の名譽めいよをけがす、我が軍人精神せいしんは軍人の名譽めいよけがした者は事情の如何いかんかんせず死でつぐなはなければならない不文律ふぶんりつがある。それ程名譽めいよを重んずるのも、本勅諭ほんちょくゆでそのてんを明白にせられてゐるからにほかならない。〔註二〕參照。

〔註一〕國ニ報ユルノ心 たん國恩こくおんほうじなければならないと抽象的にくのは、意味がひろくなるだけ、內容に曖昧あいまいさがともなふ。本來ほんらい我々が詔勅しょうちょく奉誦ほうしょうする際には、字面にあらはれてゐる意味を知るのは勿論もちろんとして、その上に各事實じじつ一々いちいち具體的ぐたいてき說明せつめいしなければ、大御心おおみこころ萬分まんぶんの一も理解することは困難である。本書には頁數ページすうその他の關係かんけいでそれを一々具體例ぐたいれいで示すことは略するが、詔勅しょうちょく精神せいしん具體的ぐたいてきな上にあつて抽象的な上にないこと、及びそれを現在の諸問題に結び付けて考へなければ、活用出來ないことを十分に了解する必要がある。日本人の生命・財產は國家につて保證ほしょうされてゐる。これ程安全な、心配のない國民は世界ひろしといえどにはない。近時きんじドイツのナチスのことは問題外としても、自由・平等を原則とした歐米おうべい各國の現狀げんじょうを見渡し、更にその植民地・半植民地になつてゐるアジア諸國中で、日本程國家としての全き獨立どくりつを保つてゐる國はなく、國民が國家の恩惠おんけいを得てゐる國はない。かう考へて始めて國恩こくおんほうずる意味がかるのである。

〔註二〕汚名ヲ受クル 最近滿洲まんしゅう事件に於て、空閑く が少佐しょうさの死は、この意味で我が軍人精神せいしん忠實ちゅうじつだつたといへる。

【大意謹述】第一に軍人はきみたいして臣下しんかとして永久に忠誠ちゅうせいつくすことを本分ほんぶんとしなければならない。一たい、日本國民中で、誰か國恩こくおんむくゆる心を持たないでをられようか。特に現在軍籍ぐんせきにある者、及び過去・未來にそれと直接に關係かんけいするものが、國恩こくおんむくゆる心を固く持つてゐなければ、軍人としての任務を果しるとは想像されない。軍人でありながら、國恩こくおんむくゆる心を堅く、確かに持たなければ、どれ程その人物が專門せんもんの技術に熟達じゅくたつし、學問がくもんが出來ても、結局は生命のないあやつり人形と少しもたがはず、又、一隊が整然として上官に絕對ぜったい服從ふくじゅうを誓ひ、進退動作が規律正しくとも、不動の忠義心ちゅうぎしんを持たない軍隊は、戰時せんじに際して、からすが集つたやうに平時の統制が全然みだれ、たんなる群集に終つてしまふ。かうした軍人、かうした軍隊は、正しい意味に於て、少しも價値か ちがないと言つて差支さしつかえはなからう。

 今更にくまでもなく、國家を安全に守護し、國家の權威けんい申分もうしぶんなく保つ原動力は兵事へいじに在る。ゆえ汝等なんじら軍人は軍隊を中心とした武力の盛衰せいすいは、そのまま、我が國運こくうん盛衰せいすいであることをよく了解し、世の俗論ぞくろんに迷はされず、時の政治方針の如何いかんかんせず、ただただ一筋に自己の本務として永久に不變ふへん忠誠ちゅうせいを守り、大義たいぎ名分めいぶんの前には、貴重な生命ですらも躊躇ちゅうちょなく投げ出す決心があつて欲しい。心の柱石ちゅうせきたる忠誠ちゅうせいを破り、輕忽けいこつな行動をして失敗したり、あるいは日本軍人としての名譽めいよを損じたりすることがあつてはならない。

【備考】この人生において、各自がこうむおんうちには、國土こくどの恩、君主の恩、父母の恩、師匠ししょうの恩その、いろいろある。が、そのうちで、一番重く、大切なのは、國恩こくおん君恩くんおんである。各自の父母、祖先が安全に平和に暮してゆけたのは、國恩こくおん君恩くんおんのためで、これを忘れてはならない。ことに日本は、道義どうぎ建國けんこく精神せいしんに起ち、國民のすべては皇室を根幹こんかん・中心として分派ぶんぱし、派生はせいしたのであるから、皇室は國民の總本家そうほんけであらせられ、國民は、その分家ぶんけ支家し けあたしたしみがある。大義たいぎ名分めいぶんの上では、肅然しゅくぜんえりを正さねばならぬが、雄略ゆうりゃく天皇おおせの如く、「君臣くんしんにしてじょうにおいては父子ふ しだ」とある御言葉おことばが、ぴたりとてはまる。すなわち皇室は、國民の總本家そうほんけであらせらるる以上、その分家ぶんけ支家し けたる國民は、その多年たねんわたる恩にむくいまゐらさねばならぬ。つ世界のうちでも、萬事ばんじ中庸ちゅうよう中正ちゅうせいを得た日本の國土に生れて、そこから恩を受けてをり、また代々の天皇御慈悲お じ ひよくし、明治天皇御聖德ごせいとく薰化くんかされた國民は、國恩こくおん君恩くんおん拜謝はいしゃすると同時に、國家こっか奉仕ほうし精神せいしんに生きてゆくことが當然とうぜんである。忠節ちゅうせつの美は、かうした自覺じかく根柢こんていとし、基本として生れる。ひかへると、それは、誠心せいしんを以て國につかへ、きみつかへることである。これがすなわち軍人精神せいしんの第一義だと拜察はいさつする。現代においては東郷とうごう元帥げんすい、明治に於ては乃木の ぎ將軍しょうぐんの如き、昔にあつては、楠公だいなんこう父子ふ しの如き、まさ忠節ちゅうせつの模範である。