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36-2 嘉彰親王ヲ征討總督ニ任スルノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

嘉彰よしあきら親王しんのう征討せいとう總督そうとくにんスルノ勅語ちょくご(第二段)(明治七年三月一日 佐賀征討日誌)

【謹譯】すなわけいもっ征討せいとう總督そうとくにんシ、スルニ陸海りくかい軍務ぐんむさいならび将官しょうかん以下い か撰任せんにん黜陟ちゅっちょくとうこともっテス。名古屋な ご や以西いせいちん兵馬へいば現役げんえき後備こうびろんセス、あげもっけい區處くしょまかス。沿道えんどう諸縣しょけん士民しみん召募しょうぼ編制へんせいまたよろし便宜べんぎことしたがフヘシ。ちん近衞このえ歩兵ほへい大隊だいたいシ、もっちん黎元れいげん保護ほ ごスルノきわめせつナルヲあきらかニス。けいむねたいシ、すみやかかち闕下けっかそうセヨ。

【字句謹解】◯ 嘉彰よしあきら親王しんのうすなわち、後の小松宮こまつのみや彰仁あきひと親王しんのうの事。同日の勅語ちょくごには陸軍中將山縣やまがた有朋ありとも及び海軍少將伊東いとう祐麿すけまろ參軍さんぐんとされたよしが見える ◯征討總督 征討軍のそう指揮官 ◯撰任 各方面の軍務の責任者を決定する權利けんり ◯黜陟 こうある者の地位を進め、功なき者を退ける事 ◯四鎭 ちん鎭臺ちんだいの略で、現今の師團しだん相當そうとうする。名古屋以西の四ちんとは名古屋・大阪・廣島ひろしま・熊本の事 ◯後備 一定期間の現役を終へて第二線に入つてゐる人々 ◯區處ニ聽ス それぞれぶわけして處分しょぶんする。つまり命令けんあたへる ◯沿道 通行する道 ◯召募編制 義勇兵ぎゆうへいを募集して隊伍たいごを整へる ◯便宜 都合のよいやうに取計とりはからふ ◯黎元 一般國民 ◯極テ切 非常に切實せつじつ ◯捷ヲ闕下ニ奏セヨ 戰勝せんしょうを宮廷にまで報ずるやうにして欲しい。これは勝つてかえれよといふ程の意である。

〔注意〕この勅語ちょくごはいされるやうに、近衞このえ歩兵第二大隊だいたいを佐賀に派遣すれば、のこる第一大隊の責任はいよいよ大きくなる。それゆえ天皇は二月二十七日に第二聯隊長れんたいちょう大隊長だいたいちょう勅語ちょくごたまはると同時に、第一聯隊長・大隊長たいしても優渥ゆうあくな勅語を下されたのである。『留守る す近衞このえ第一聯隊長れんたいちょう大隊長だいたいちょうニ下シ給ヘル勅語ちょくご』(明治七年二月二十七日、佐賀征討日誌)は、近衞このえ聯隊れんたいたいする天皇御信賴ごしんらいの程をよくあらはしてゐる。それは左の如くである。

 佐賀けん賊徒ぞくと征討せいとうトシテ、特ニ總督そうとくスニちん親軍しんぐん近衞このえ第二聯隊れんたいもっテシ、これおもむカシム。よっ輦轂れんこくもと守衞しゅえい一層ク心ヲ用ヒ、勉勵べんれい從事じゅうじスヘシ。

【大意謹述】そこで親王しんのう征討せいとうそう指揮官に任じ、陸海軍の一切の軍務及び將官しょうかん以下の責任方面の決定、論功ろんこう行賞こうしょうの基準などの權利けんりすべまかせることにした。又、名古屋から西方に在る四鎭臺ちんだいの兵士・馬具・武器を自由に用ひることを許し、兵士は現役と後備との區別くべつなく何如い かにそれを處理しょりしても差支さしつかえはなく、場合につては通行する附近ふきん諸縣しょけんから義勇兵ぎゆうへいを募集し、新しく隊を編制して軍のいきおい增大ぞうだいするも不可はない。その上、ちんは朕の近衞このえ歩兵第二大隊だいたい親王の軍に加へ、朕が國民を愛し、その生命・財產ざいさん危險きけんから保護するの深きことをあきらかにする。親王よ!朕の意をたいして一刻も早く宮廷に勝報しょうほうもたらしてほしい。