35 近衞歩兵第一聯隊ニ下シ給ヘル勅語 明治天皇(第百二十二代)

近衞このえ歩兵ほへいだい聯隊れんたいくだたまヘル勅語ちょくご(明治七年一月二十日 太政官日誌)

【謹譯】近衞このえ歩兵ほへいだい聯隊れんたい編制へんせいルヲク。よっいま軍旗ぐんきりゅうさずク。なんじ軍人ぐんじん協力きょうりょく同心どうしんシテ、益々ますます威武い ぶ宣揚せんようシ、もっ國家こっか保護ほ ごセヨ。

【字句謹解】◯近衞歩兵 皇室及び帝都警備を職とする歩兵、近衞このえいにしえ近衞府このえふに由來するので、支那し な羽林うりん親衞しんえいと同じく宮中きゅうちゅうの警護、行幸ぎょうこう警衞けいえいつかさどり、稱德しょうとく天皇の時からこの名が始まつた ◯編制 軍隊としての秩序をととのへること ◯軍旗一旒 一本の軍旗ぐんきの意、りゅう旌旗せいきのふきながし。なほ軍旗に就ては〔註一〕參照 ◯威武ヲ宣揚シ 武力につて國威こくいを四方にひろめる。

〔註一〕軍旗一旒 我が國に於ける軍旗の淵源えんげんを考へると、遠く景行けいこう天皇時代にさかのぼることが出來る。その後、神功じんごう皇后こうごうの三かん征伐せいばつあたり戦陣に旗を用ひたことが文獻ぶんけんに見え、齊明さいめい天皇御代み よには蝦夷え ぞ酋長しゅうちょう旌旗せいきたまわつた。天武てんむ天皇元年七月には之をたたかいに用ひ、文武もんむ天皇大寶たいほう元年に、その制度が定められた。その後、源氏の白旗しらはた、平家の赤旗あかはたは有名であり、後醍醐ごだいご天皇にしき御旗みはた日月じつげつを金銀で打つてけられたのが錦旗きんきの由來である。戰國せんごく以後、大名は各家かっけ紋所もんどころを旗に使用し、所謂いわゆるのぼり又は馬標うまじるしひろく用ひられるやうになつた。

 明治以後は、三年に海陸かいりく軍旗を制定し今日こんにちに至つてゐる。陸軍旗は歩兵ほへい聯隊旗れんたいき騎兵きへい聯隊旗れんたいき常備隊じょうびたい後備隊こうびたい大隊旗だいたいき區別くべつされる。常備歩兵聯隊れんたいの軍旗は、白色はくしょく絹地きぬじに赤の旭日章きょくじつしょうを染めぬき、周圍しゅういに金モオルのふちを取り三方に紫色のふさをつけ、紫色のひも革環かわわとにつて旗竿はたざおけられ、旗の右下う かぐう隊號たいごうする。旗竿はたざお樫材かしざいを千段卷だんまきとし、黑漆くろうるしで塗り、竿頭かんとう金色こんじきの三面菊花章きっかしょうをつけ、下には石突いしづきがある。騎兵聯隊旗れんたいきは、歩兵聯隊旗れんたいきと形を同じうするが、寸尺すんしゃく短く少し小型である。後備こうび聯隊旗れんたいき常備じょうび軍旗ぐんきと同形式で、三方のふさが赤い。海軍旗は明治三年十月の制定で、幕末と同樣どうよう國旗を軍艦にたたしめたが、四年十一月に兩者りょうしゃ區別くべつされ、六年十月更に改定した。現今の軍艦旗旭日章きょくじつしょうである。

〔注意〕軍旗は軍隊の精神せいしんで、軍人は御眞影ごしんえいと共に最高の尊敬の念を以て之に接する。聯隊旗れんたいき竿頭かんとうにある菊花きっか錦旗きんき紋章もんしょうしたもので、軍旗はそのまま錦旗きんきを意味し、軍隊は軍旗にこうする者に向つて生殺せいさつ與奪よだつけんを有する。如何い かなる場合においても軍旗に抗すれば朝敵ちょうてきとなるのであつた。ゆえに軍旗は常に聯隊長れんたいちょう室に納め、優秀な少尉しょういを旗手とし、その他に旗護兵きごへいをも定める。軍旗の授與式じゅよしきは最も嚴肅げんしゅくなもので、つたへるところにれば、東京聯隊れんたいに就ては、陛下が練兵場れんぺいじょう行幸ぎょうこうあり、御手お てづから軍旗を授け給ひ、地方聯隊れんたいには旗手を出京しゅっきょうせしめ、宮中きゅうちゅう正殿せいでんで授けられるとか。ここに謹述きんじゅつする勅語ちょくごは、日比谷ひ び や練兵場れんぺいじょうで行はれた、我が國最初の軍旗授與じゅよかんしたものである。乃木の ぎ大將たいしょう西南せいなんえきで軍旗を失ひ、後年こうねん自刄じじんの一理由にそれをげてゐたのも、全く以上の如き、軍旗の持つ神聖しんせいさのためであつた。

 なほ、この時に編制された近衞兵このえへいが、早速次項に謹述きんじゅつする佐賀のらんに出兵したこと、及びこの勅語ちょくごは前述した『徵兵令ちょうへいれい制定せいてい勅語ちょくご』(明治五年十一月二十八日、太政官日誌)を關係かんけいの多いことを見のがしてはならない。

【大意謹述】近衞このえ歩兵ほへいだい聯隊れんたいかんする諸設備が全部出來上つたと聞いたので、ちんはここに神聖しんせいな軍旗一りゅうを授けることにする。汝等なんじら軍人は力と心とを合せて奮勵ふんれいし、今後益々ますます武勇ぶゆうを以て名ある日本の國威こくいげ、我が國家を保護しなければならない。

【備考】兵士のうちにおいて、宮中きゅうちゅうの警護、行幸ぎょうこう警衞けいえいあた近衞兵このえへいは、一番の光榮こうえいになふものとはねばならぬ。ことに陛下から軍旗を授けられたことについて、彼等は深く感激したと同時に、奉公ほうこう精神せいしんを一層、深めつ强めたにちがひなかつた。軍旗は軍隊の魂であり、その表象ひょうしょうである。したがつて御親授ごしんじゅの軍旗を日々、思ふときは、忠勇ちゅうゆうの情熱が、おのづから、燃えあがらないではゐない。光榮こうえいに輝く軍旗!それは、その存在する限り、近衞このえ軍隊の偉大な魂としてあおがれよう。