33-3 德川幕府親征ノ勅語 明治天皇(第百二十二代)

德川とくがわ幕府ばくふ親征しんせい勅語ちょくご(第三段)(明治元年二月二十八日 太政官日誌)

【謹譯】すで布告ふこくセシとおリ、外國がいこく交際こうさいこれうえハ、將來しょうらい處置しょちもっと重大じゅうだいつき天下てんか萬姓ばんせいためおいテハ、萬里ばんり波濤はとうしのキ、もっ難苦なんくあたリ、ちかっ國威こくい海外かいがい振張しんちょうシ、祖宗そそう神靈しんれいむかわントほっス。なんじ列藩れっぱんちん不逮ふたいたすケ、同心どうしん協力きょうりょく各々おのおのぶんつくシ、ふるっ國家こっかため努力どりょくセヨ。

【字句謹解】◯布告セシ通リ 國民に發布はっぷした通り。これは明治元年正月十日の『外國がいこく條約じょうやく自今じこん天皇てんのうしょうもちふることを各國かっこくぐるの勅語ちょくご』を指す ◯將來ノ處置 今後の事務とりあつかひ。〔註一〕參照 ◯萬姓 國民一般 ◯萬里ノ波濤ヲ凌キ 萬里ばんりも先方から打ち寄せて來る大浪おおなみ小波こなみこうして國を守る、これは世界各國から樣々さまざまの難題を持ち込むのを切りぬける意を、外國とあるから海波な みりて表現したのである ◯身ヲ以テ難苦ニ當リ 御自身がその矢面やおもてに立たるる意 ◯振張 ふるおこおおいにひろめる ◯祖宗神靈ニ對ント欲ス 御先祖代々の御靈みたまぢないやうにしたいと思ふ。〔註二〕參照 ◯不逮ヲ佐ケ 及ばない部分を補ふ ◯同心協力 心を同じうし力を合せて同じ目的のもとに努力する ◯其ノ分ヲ盡シ 臣下しんかとしての本分ほんぶんたる忠義ちゅうぎつくす。

〔註一〕將來ノ處置 將軍と朝廷とが併立へいりつ又は對立たいりつしてゐる場合、國民の間にもれがしんの統治者であるかと迷ふ者が多い。それが外交關係かんけいとなつて來ると一層複雜ふくざつとなる。「國に二王があつてはならない」とは、高天原たかまがはらに於ける神勅しんちょくによつて疑ふべからざる日本の指導精神せいしんとなつてゐる。したがつて政治の大權たいけん天皇御手み てから自己の手中しゅちゅうに納めようとする者は、全部わが建國けんこく精神せいしんに反する。江戸末期になつてペリイが浦賀うらがに來た時、井伊い い大老たいろう勅許ちょっきょを得ずに開國かいこく條約じょうやく締結ていけつしたのはいろいろの事情もあるが、建國けんこく精神せいしんに反するものとして天下の志士し しいからせた。したがつて『外國がいこく條約じょうやく自今じこん天皇しょうを用ふることを各國に告ぐるの勅語ちょくご』は、このてんから考へると、王政おうせい復古ふっこ對外たいがい方面の意義を明瞭めいりょうにする重要なものであつた。

〔註二〕祖宗神靈ニ對ント欲ス 靈魂れいこんは不滅である。神々かみがみには「身をかくす」ことはあつても、死の現象はない。我々のまなこからは見えなくとも、現に存在し、特殊の作用をいとなむことが出來ると國民に信ぜられて來た。和氣淸麻呂わけのきよまろ宇佐う さ神託しんたくを受けに行つたり、龜山かめやま天皇國難こくなんのため神に祈られたり、孝明こうめい天皇諸神しょしん內憂ないゆう外患がいかんの打開を祈り給うたのは、この世に存在しつつも我々のまなこに見えない神にまことを致されたのであつて、決してたんなる奇蹟きせきを求められたのではない。

〔注意〕王政おうせい復古ふっこは我が政治上の一大變革へんかくであり、したがつて當時とうじ發布はっぷされた勅語ちょくごも特殊な意味を持つ。この意味で明治の初めにあたつて下された諸勅語ちょくごからも、明らかに維新いしん精神せいしんが考へられる。左に注意すべきものをげる。

(一)孝明こうめい天皇諡號しごうたてまつるの宣命せんみょう慶應三年二月十六日、岩倉公實記)(二)大神宮だいじんぐう首服しゅふくを告げたてまつるの宣命せんみょう明治元年正月三日、復古記)(三)外國がいこく條約じょうやく自今じこん天皇しょうを用ふることを各國かっこくに告ぐるの勅語ちょくご明治元年正月十日、法規分類大全)(四)德川とくがわ幕府ばくふ親征しんせい勅語ちょくご明治元年二月二十八日、太政官日誌)(五)五箇條かじょう御誓文ごせいもん明治元年三月十四日、太政官日誌)(六)維新いしん勅語ちょくご明治元年三月十四日、太政官日誌)(七)江戸ヲ東京トしょうスルノ勅語ちょくご明治元年七月十八日、太政官日誌)(八)卽位そくい奉告ほうこく宣命せんみょう明治元年八月二十一日・八月二十二日、岩倉公實記)(九)卽位そくい宣命せんみょう明治元年八月二十七日、太政官日誌)(十)改元かいげん勅語ちょくご明治元年九月八日、太政官日誌)

【大意謹述】その上、さきに天下に告げ知らせた如く、外國との交際も必要となつて來るので、今後の事務上にも事實じじつ上一人の定まつた統治者がをらないのは非常に不便である。ちんは一般國民のめに、外交上から來る各種の困難を切りけ、率先して國難にあたり、日本の國威こくいを海外諸國に輝かせ、おん代々だいだい天皇神靈しんれいたいして面目めんもくが立つやう致したいと考へる。勿論もちろん、この大事業を朕だけの力で完成出來ないことは誰よりも朕がよく心得てゐる。汝等なんじら各藩の者共ものどもは、朕の及ばない部分を輔佐ほ さし、同じ目的に進んで心力しんりょくを合せ、忠義ちゅうぎつくして、自發的じはつてきに各自がそのぶんおうじ、國家の發展はってんするやう努力して欲しい。

【備考】右勅書ちょくしょの中で、「天下てんか萬姓ばんせいためおいテハ、萬里ばんり波濤はとうしのキ、もっ難苦なんくあたリ」とおおせられたことは明治天皇が、如何い かに深く、如何い かに根强き決心をせられたかを明示めいじされてゐる。すなわ萬人ばんじんに先立つて憂ひ、萬人ばんじんおくれてたのしまるる精神せいしん把持は じせられ、いかにもして日本の國家を有利に開展かいてんしようと、雄々お おしく、勇ましく、ふるたれた。この雄大な御精神ごせいしんに接して、誰か感奮かんぷんしないでをられよう。果然かぜん皇軍こうぐんは到るところ、勝利を得て、幕府の殘黨ざんとうを一掃し、王政おうせい復古ふっこの基礎を固めた。これは一に明治天皇御英明ごえいめい慈民じみん大御心おおみこころとによると申して差支さしつかへないと思ふ。