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28 陸奥國に下し給へる勅符 陽成天皇(第五十七代)

陸奥むつのくにくだたまへる勅符ちょくふ(元慶二年四月 三代實錄)

重得出羽國奏狀。儞、賊勢轉盛衆寡不敵、非有救兵難可獨制者。事旣非常、或恐生變。宜發精勇二千星火馳救。禽敵有期、失機遺悔。兵家所謂疾雷不及掩耳也。若致遲留處以重科。亦其所發之士、各備路粮。仍須差國司掾目各一人押領其事。

【謹譯】かさねて出羽國でわのくに奏狀そうじょうたり。ふ、賊勢ぞくせいうたたさかんにして衆寡しゅうかてきせず、救兵きゅうへいあるにあらざれば、ひとせいすべきことかたしと。ことすで非常ひじょうあるいへんしょうぜんことをおそる。よろしく精勇せいゆう二千をはっ星火せいか馳救ちきゅうすべし。てきとらふることあり、うしなへばくいのこす。兵家へいか所謂いわゆる疾雷しつらいみみおおふにおよばざるなり。遲留ちりゅういたさばしょするに重科ちょうかもってせん。またはっするところおのおの路粮ろろうそなふ。すなわすべから國司こくしじょうもくおのおのにんつかわこと押領おうりょうすべし。

【字句謹解】◯重ねて出羽國の奏狀を得たり 本勅ほんちょくの前に『陸奥むつのくにに下し給へる勅符ちょくふ』(元慶二年三月、三代實錄)があり、それには「出羽國でわのくにの今月十七日の奏狀そうじょうを得たり云々うんぬん」とあるから、元慶げんきょう二年三月十七日に出羽國でわのくにから蝦夷え ぞ鎭壓ちんあつついての指令をあおいで來たので、出羽で わ及び陸奥むつのくに勅符ちょくふたまはつた。その後、『出羽國司でわのこくし藤原興世ふじはらのおきよそうに報ずるの勅符ちょくふ』(元慶二年四月、三代實錄)にも「重ねて奏狀そうじょう云々」と見えるので、當時とうじ出羽で わ陸奥む つからさかん奏狀そうじょうが朝廷まで達したことが判明する ◯奏狀 朝廷に申上げる書狀しょじょう ◯轉盛 非常にいきおいが强いこと ◯衆寡敵せず 敵が多數たすうで味方が少數しょうすうであつては如何い かに勇敢な者でも勝つことが出來ない意 ◯救兵 救援のための兵 ◯制す 制御する、取りしづめること ◯變を生ぜん 意外な大事となる ◯精勇 多數たすうの中から選ばれた勇敢な兵 ◯星火 物の速い形容、星は流星、火は燃えひろがるのが速いからかう言つた ◯馳救 大至急でせつけて救ふ ◯敵を禽ふること期あり 敵を捕虜ほりょにするのには、一定の時がある ◯機を失へば悔を遺す その最もよい時機を失つたならばいくら努力しても出來ず、後悔するばかりである ◯兵家 戰術家せんじゅつかのこと、この疾雷しつらい云々うんぬんは『六韜りくとう』にも『淮南子えなんじ』にも見える ◯疾雷耳を掩ふに及ばず 激しいらいが急に鳴り出して耳をおほふ暇のないことで、事が急で防ぎ兼ねること ◯遲留 躊躇ちゅうちょして一場所ひとばしょに長くとどまつてゐるか、あるいは全然元の場所から離れないこと、ここでは後者の意である ◯重科 重罪の意 ◯路粮 路々みちみち兵糧ひょうりょう ◯國司 朝廷から諸國に派遣された地方官の總稱そうしょうかみすけじょうもくに分れるが、ここではかみのこと、かみの職務は一こく政務せいむ統轄とうかつその他である ◯ 國司こくし(守)のもとにあつて國內の不正者を取締り、各種の文案をつかさどる役、したがつて國司こくしからの上奏文じょうそうぶんは、この役が史生しせいに命じて書かせるのである ◯ じょうもとにあつて事を上官に通じたり、公文こうぶんみ上げたりする役 ◯押領 監督すること。

〔注意〕東北の蝦夷え ぞと我が皇室との長い間の爭鬪そうとうも、この天皇御代み よに至つて綏撫すいぶじつあがり、以後は大體だいたいに於て鎭壓ちんあつされたのである。日本武尊やまとたけるのみことの征伐・毛野田道けぬのたみち敗死はいし上毛野形名かみづけぬのかたなの苦戰・渟足柵ぬしろのき磐船柵いわぶねのきの設置・阿部比羅夫あべのひらふの征伐・渟代郡ぬしろごおり津輕郡つがるごおりの設置・巨勢麻呂こ せ ま ろ及び佐伯石湯さえきのいわゆ奮戰ふんせん多治比縣守たじひのあがたもりの征伐・多賀城たがじょう及び秋田城あきたじょうの築造・大野東人おおぬのあずまびと經營けいえい藤原繼繩ふじはらのつぐただ出征しゅっせい紀古佐美きのこさみの退却・大伴弟麻呂おおとものおとまろ及び坂上田村麻呂さかのうえのたむらまろの出陣・征夷せいい大將軍たいしょうぐんとなつた田村麻呂たむらまろ再征さいせい膽澤城いざわじょう及び志波城しわじょうの築造・文屋綿麻呂ふむやのわたまろの征伐・小野春風おののはるかぜ及び藤原保則ふじはらのやすのり出征しゅっせいなどと國史こくしかえりみれば、如何い かに皇室がそれに御心みこころなやまされたか判明する。

 なほ、陽成ようぜい天皇御代み よ陸奥む つに下された勅符ちょくふを次に列擧れっきょする。

(一)陸奥國に下し給へる勅符(元慶二年三月、三代實錄)(二)陸奥國に下し給へる勅符(元慶二年四月、三代實錄)(三)陸奥國に下し給へる勅符(元慶二年四月、三代實錄)(四)陸奥國に下し給へる勅符(元慶二年五月、三代實錄)(五)陸奥國に下し給へる勅符(元慶二年六月、三代實錄)

【大意謹述】ちん今囘こんかい又も出羽國司でわのこくしからの報告文を得た。それには賊のいきおいが非常に盛大となつて、官軍かんぐんとは比較にならない程かずが多く、少數しょうすうの味方では、早速に救援隊が來なければ、鎭壓ちんあつすることが出來るものではないよしが書いてある。これは重大な事件で、一歩あやまれば容易ならざる結果を生ずるかも知れない恐れが十分にある。ただちに選び集めた勇敢な兵二千人を出陣させ、出來るだけ早くの地にけつけしめて援助しなければならない。敵を捕虜ほりょにし味方がかちるには一定の時機を上手にとらへるのが必要である。しその時機を失つたならば、如何い かに努力してもよき結果が得られず、後悔しても及ばぬ事にもならう。戰術家せんじゅつかは敵が何の用意も出來ない程早く、まるで激しいらいのやうに突撃とつげきするのが勝利の秘訣だと敎へてゐる。ゆえに今、ちんの命を受けながら躊躇ちゅうちょして進まない者があれば、重罪にしょするであらう。又、今出陣する兵士は各自が路次ろ じ兵糧ひょうりょう持參じさんしてく筈だ。そこで、この方面を監督するために、國司こくしじょうもくを一にんづつそれに附隨ふずいさせることにした。