27 新羅國に當りて遙に鼓聲有りと太宰府の奏せるに報ずるの勅 仁明天皇(第五十四代)

新羅しらぎこくあたりてはるか鼓聲こせいりと太宰府だざいふそうせるにほうずるのちょく(承和十年八月 續日本後紀

夫治不忘亂古人明戒、將驕卒惰兵機所忌。縱雖無事故、不可不愼。

【謹譯】にしてらんわすれざるは古人こじん明戒めいかいにして、しょうおご卒惰そつだなるは兵機へいきところなり。たと事故じ こなしといえども、つつしまざるべからず。

【字句謹解】◯治にして亂を忘れず 治まつた時に居ても亂世らんせを忘れないで心の緊張をゆるめない意、「易經えききょう」の繋辭けいじに「君子くんしあんにしてを忘れず、そんにしてぼうを忘れず、にしてらんを忘れず、これもっやすらかに、國家こっかおさむべきなり」とある ◯明戒 道理を明らかにき聞かせた敎戒きょうかい ◯兵機 軍の作戰 ◯忌む 嫌ふ意 ◯事故 何かの事變じへん、〔註一〕參照。

〔註一〕事故 仁明にんみょう天皇承和しょうわ十年八月二十二日に、太宰府だざいふから次の意味の言上ごんじょうがあつた。「對馬つしま竹敷たけしきに居る防人さきもりなどが申しますには、去年正月中旬から今月六日まで、日々、新羅しらぎこくあたつて軍隊がさかんたたかつてゐるやうな音やこえが聞えます、よくよくけば、毎日三度づつ物音が激しく、夕暮には火をげるのも見えます。あるいは日本に攻めよせる用意かも知れませんから御告げ致しますと、このだん私も不思議に感じ一おう御報告つかまつります」と、これにたいして本勅ほんちょくたまはつた。

【大意謹述】天下が太平な時でも亂世らんせおりの事を忘れないで油斷ゆだんしないやうにせよとは、古人こじんの明らかにいた道理のおしえである。大將軍たいしょうぐんが生活を贅澤ぜいたくにし、兵卒へいそつが自己の職務を怠るのは軍規上ぐんきじょう最もむ所である。新羅しらぎに何か事件が起つたらしいとあれば何をいても警戒するがよく、たとへそれが何かの誤解で、實際じっさいは何事もなかつたとしても、ゆるめてはならない。

【備考】勅語ちょくごにおいて、「しょうおごることなかれ」といましたまひ、「兵惰へいだなるなかれ」とおしへられたことは、當時とうじ文弱化ぶんじゃくかしつつあつたきょう將士しょうし奮發ふんぱつせしむるについて、最も適切である。蝦夷え ぞ征伐に於ける重ね重ねの失敗は、田村麻呂たむらまろ力戰りきせんにより、一おう、勝利の道を取返したが、爾後じ ご、果してどうであつたか。蝦夷え ぞ漸次ぜんじ、衰へたのは事實じじつである。けれども、京の將士しょうし文弱化ぶんじゃくかが、すぐ矯正きょうせいせられたとは思へない。これある機會きかいにおいて、かくいましめられた所以ゆえんであらう。