24 烽燧を置くの勅 桓武天皇(第五十代)

烽燧ほうすいくのみことのり(延曆十五年九月 日本後紀

遷都以來于今三年、牡山烽火無所相當。非常之備不可蹔闕。宜山城河內兩國相共量定便處置彼烽燧。

【謹譯】遷都せんと以來いらいいまに三ねん牡山おとこやま烽火ほうかあいあたところなし。非常ひじょうそなえしばらくもくべからず。よろしく山城やましろ河內かわち兩國りょうこくあいとも便べんなるところ量定りょうていし、烽燧ほうすいくべし。

【字句謹解】◯遷都 皇居をの場所に移すこと、ここでは桓武かんむ天皇延曆えんりゃく十三年十月二十二日に平安へいあんに都を移されたのを指す ◯今に三年 本勅ほんちょく延曆えんりゃく十五年九月にはっせられたのだからかぞどし三年目にあたる ◯牡山 男山おとこやまのこと、これは綴喜郡つづきぐんにあり、河內國かわちのくにに接してゐる ◯烽火 狼煙ろうえんのこと、何か非常な際にあげるのろし、外寇がいこう內亂ないらんのある時、それを合圖あいずするために飛火とぶひのこと、全國にすうしょ設け、ひるけむりを放ち、炬火のろしを放つ。炬火のろしは乾いたあししんを作り、あしの上に乾いた草を用ひてこれを縛り付け、周圍しゅうい松明たいまつはさみ込んでく ◯非常の備 突發とっぱつ事變じへんたいする用意 ◯蹔くも闕くべからず ざんざんと同じ、少しの間でもいではならない ◯量定 測定する土地の便利を考へて決定する意 ◯烽燧 のろしのこと。

【大意謹述】ちんがこの平安へいあんに皇居を移してから足掛け三年となつた。このかん依然いぜんとして突發とっぱつ事變じへんを知らせるのろしの設置は男山おとこやまにあるが、これは新しい皇居から見るのに都合がわるい。といつて、事變じへんたいする用意は少しの間でも怠つてはならない。ゆえ今囘こんかい山城やましろ河內かわち兩國りょうこくに一ヶ所づつ最も便利な場所を測定して、のろしの設備をする事を命ずる。

【備考】日本で最初に烽火ほうかを置いたのは天智てんち天皇の三年である。それから文武もんむ天皇の時に至り、その制を定め、和銅わどう五年、河內國かわちのくに高安たかやすにあるのろしをやめ、同國の高見たかみのろしを置き、大和國やまとのくに春日かすがにも、同じく設置した。延曆えんりゃく十五年、男山おとこやまのろしは、それを置くにふさはしくない場所なので、山城・河內兩國に命じ、便宜べんぎのところに置く事とされたのである。が、同十八年、內外ないがい無事ぶ じ折柄おりから、そのため、民力を費すの必要なしとし、太宰府だざいふのほかは、全くやめられた。これが再びさかんになつたのは、武家時代に入つてからの事である。