22-5 北陸道に警虞を命ずるの勅 光仁天皇(第四十九代)

北陸道ほくりくどう警虞けいぐめいずるのみことのり(寶龜十一年七月 續日本紀

其の五

應機赴軍國司已上、皆乘私馬。若不足者、卽以驛傳馬充之。

【謹譯】おうじていくさおもむ國司こくし已上いじょうは、みな私馬し ばれ。らざれば、すなわ驛傳馬えきでんのうまもっこれてよ。

【字句謹解】◯機に應じて 敵軍の來襲らいしゅうした時におうずることを意味する ◯軍に赴く 戰爭せんそう参加さんかする ◯私馬 各自が所有する馬 ◯驛傳馬 しゅくばからしゅくばまで往復する早馬はやうま、昔は至急を要するときは、この早馬はやうまの制度により、目的を達した。

【大意謹述】敵が來襲らいしゅうした時、機をいつせずただちにの場にけつけて、戰鬪せんとう從事じゅうじする國司こくし以上の職にある者は、原則として各自私有の馬にるべきである。しそれが不足になれば、宿驛間しゅくえきかんを通じて走る早馬はやうまを使用しても差支さしつかえない。