22-4 北陸道に警虞を命ずるの勅 光仁天皇(第四十九代)

北陸道ほくりくどう警虞けいぐめいずるのみことのり(寶龜十一年七月 續日本紀

其の四

戰士已上、明知賊來者、執隨身兵、兼佩館戟、發所在處、直赴本軍、各作軍名、排比隊伍、以靜待動、乘逸擊勞。

【謹譯】戰士せんし已上いじょうあきらかにぞくきたるをものは、隨身ずいしんへいり、ねて館戟かんげきび、所在しょざいところはっし、ただちに本軍ほんぐんおもむき、おのおの軍名ぐんめいつくり、隊伍たいご排比はいひし、せいもっどうち、いつじょうじてろうて。

【字句謹解】◯館戟を佩ぶ 役所にある武器を持つ、げきのこと ◯隊伍を排比し 各隊を編成する ◯靜を以て動を待ち 味方はしずかにしてゐて敵がさんざん奔走ほんそうして疲れるのを待つ ◯逸に乘じて勞を擊て 味方が休息して元氣あるのにじょうじて、疲勞ひろうし切つた敵をつ。

【大意謹述】戰士せんし以上の身分の者は、賊軍ぞくぐん確實かくじつ來襲らいしゅうすると知つたならば、ただちに自分にぞくした兵士や役所の武器をつて、配置された場所をはっして本軍におもむき、軍の名を作り、各自が隊伍たいごを編成して、敵が奔走ほんそうするのをしずかにうかがひ、十分に休息を取つた上で、すつかり疲れ切つた敵を擊破げきはするがよい。

【備考】孫子そんし兵法へいほうを見ると、「く兵を用ふるものは、銳氣えいきけ、惰歸だ きつ。これおさむるものたり。を以てらんを待ち、せいを以てかまびすしきを待つ。これ心を治むるものなり。きんを以てえんを待ち、いつを以てろうを待ち、ほうを以てを待つ。これ力を治むるものなり」とつてゐる。思ふに、敵が始めて押寄せてくるときは、新銳しんえいの元氣さかんであたにくい。つてしばらするど鋒先ほこさきけ、味方の氣を治めて衰へぬやうつとめ、敵が活勤かっきんして疲れ氣味ぎ みになつたところをつと必ず勝つ。勅書ちょくしょに於て注意せられたのは、このてんである。