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21 軍粮を運輸するの勅 光仁天皇(第四十九代)

軍粮ぐんろう運輸うんゆするのみことのり(寶龜十一年七月 續日本紀

今、爲討逆虜、調發坂東軍士、限來九月五日、竝赴集陸奥多賀城。其所須軍粮、宜申官送。兵集有期、粮餽難繼。仍量路便近、割下總國糒六千斛、常陸國一萬斛。限來八月二十日以前、運輸軍所。

【謹譯】いま逆虜ぎゃくりょめに、坂東ばんどう軍士ぐんし調發ちょうはつし、きたる九月五日をかぎり、ならびて陸奥むつのくに多賀城たがじょうおもむあつまらしむ。もちゐるところ軍粮ぐんろうは、よろしくかみもうしておくるべし。兵集へいしゅうあり、粮餽ろうきがたし。すなわみち便べんきんはかり、下總國しもふさのくにほしいい六千ごく常陸ひたちのくにに一萬斛まんごくわかつ。きたる八月二十日以前いぜんかぎり、軍所ぐんしょ運輸うんゆせよ。

【字句謹解】◯逆虜 朝廷の命にしたがはない未開人みかいじんすなわ蝦夷え ぞのこと ◯調發 入用にゅうようかずだけ調べて召集しょうしゅうすること ◯陸奥多賀城 蝦夷えぞびとの侵入を防備する要塞の名稱めいしょう。〔註一〕參照 ◯軍粮 軍糧ぐんりょうと同じ ◯兵集に期あり 兵士の集るのは一定の時期があるとのことで、規定された時には集るとの意 ◯粮餽繼ぎ難し 糧食りょうしょくが不足なのをつぐなふことは出來ない。多賀城たがじょう附近は當時とうじは未だ多數たすうの兵を養ふだけの設備が出來てゐない ◯ 乾飯ほしいいのこと ◯六千斛 六千ごくの意。

〔註一〕陸奥多賀城 鎭守府ちんじゅふ及び陸奥國府むつのこくふの所在地。陸前國りくぜんのくに宮城郡みやぎぐん多賀城たがじょうむらにあるが、有名な多賀城たがじょうには神龜じんき元年に大野東人おおぬのあずまびとが之を築いたとある。ただしそれ以前にもこの地點ちてんが要塞だつた文獻ぶんけんは見える。

【大意謹述】今囘こんかいちんは、東北地方に於いて朝廷の命にしたがはない蝦夷え ぞを討つ目的で、關東かんとう地方の兵士を召集し、きたる九月五日までに、陸奥むつのくに多賀城たがじょうに一同打ち揃つて集るやうにと命令を下して置いた。この人々の兵粮ひょうろうは早速その方面の役人に手配して送らせることを考へなければならない。ただし、兵士の集まる時は九月五日までと決定してゐるので、糧食りょうしょくがそれよりおくれたら兵士は饑餓き がくるしむのは當然とうぜんである。ゆえに特別に今囘こんかいは、運輸交通路の便を考慮し、下總國しもふさのくにから六千ごく乾飯ほしいい常陸ひたちのくにから同じく一萬石まんごくを出させることにした。それらのかてきたる八月十日以前に、戰地せんちへ運輸しなくてはいけない。

【備考】古來こらい「腹が空くと戰爭せんそうは出來ない」といふことわざがある。武器・彈藥だんやくも必要であるが、兵粮ひょうろうも亦必要で、兵士の元氣をさかんにするのは、兵粮ひょうろう充實じゅうじつといふことが要件となる。光仁こうにん天皇はこのてん大御心おおみこころを注がれ、特に注意なされたのである。